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【島根県】出雲から伊勢へ(卑弥呼・邪馬台国・出雲族の関係)

60年に一度の出雲大社の遷宮と、20年に一度の伊勢神宮の遷宮が重なった2013年の意味は、人生の還暦と同じ「リセットの年」でした。

新たに始まる2014年~2018年までの5年間を「地球創生1000年プロジェクト」に沿ってご説明しますと、自分や他人や未来を信じる人たちが創造力を発揮して、これまでにない全く新しい産物が世の中にたくさん出る時代になるからこそ、地球を愛の星へ導く人たちが次の段階へ進む為に必要な活動を始動します。

※地球創生1000年プロジェクトの啓示  https://earthtscu.jp/revelation-message/

2014年の最初に行う地球創生神事は1/10~1/12の期間で行う伊勢神事ですが、参加者は地球創生SNSの仲間だけで行いますので御心を合わせて下さる皆様は、新しい始まりの意味がある数字「1」が三つ並ぶ 1月11日に天照大神に向き合ってエネルギーを感じて下さい

今回行う伊勢神事の目的をお伝えします。

(目的)

1、出雲神事で紐解いた「天照大神」の裏と表の神力をひとつにまとめて納めます。

2、「三種の神器」の三つの神力をひとつにまとめ納めることで「天照大神」の本来の神光を復活させます。

3、過去に封印された鏡族(月夜見、月読、倭姫命、卑弥呼、邪馬台国の巫女たち、全ての巫女)の魂と思いを解放します。

2013年12月の出雲神事のあと、媒体巫女の身体を借りて伝えられた神の思いを読み取り、サニワしてわかった真実を皆様へ公開いたしますが、過去全ての思いを愛に変える為に行う伊勢神事だとご理解のうえ、お読み下さい。

◎「天照大神を支えた巫女達の思い」

出雲神事で売布(めふ)神社に祀られている速秋津比売神(ハヤアキツヒメ)は、実は、九州にあった邪馬台国の卑弥呼一族の重要な神巫女と判明しました。

その昔、宍道湖の回りには卑弥呼一族の強力な神巫女達が宍道湖を水鏡として太陽神を写す祈りをしながら生活していましたが、最終的には、数百名の巫女が宍道湖に沈められました。

卑弥呼を代表とする強力な巫女集団は、他の多くの民族に祈り巫女を出すことで全滅をまぬがれましたが、もともと天から降りた託宣は、「シュメールの地に降りた宇宙の十二柱の御光りである太陽神(天照大神)を東の果ての日本の地まで運び、宇宙の大元へ繋ぎ直す事が重要な使命」であり、他の民族の託宣巫女にも同じ啓示が降りていた為、世界中から集まった民族の巫女たちと協力しあっていた女性たちでした。

※この十二柱の巫女を中心に移動した民族のことを「十二氏族」と呼び、宇宙神の力を降ろす神巫女と神官を中心とする人たちが、世界中の色々な民族と交わりながら日本まで移動しました。

※この十二柱は、全宇宙を守っていた宇宙大連合の中心となった星の王の神力を意味しています。

(邪馬台国の誕生)

もともと初代、卑弥呼は、西暦一世紀頃に百済の田舎の村に産まれた娘で、当時の中国(後漢)の光武帝が日本を支配する目的で一団を九州へ送り込まれましたが、途中で、宇宙の大元からの啓示が卑弥呼に降り、日本の地から大いなる光を世界へ発信する祈り場所を探す目的に変わった為、同じ目的で世界中からやってきた民族の巫女達も加わり、大いなる宇宙の神力を降ろす巫女集団が、九州の地に誕生しました。

卑弥呼を中心とする巫女集団は、どこに太陽神を降ろし繋ぐのかその場所を見つける為に、九州や中四国や関西を移動した記録が各地に残る「卑弥呼伝説」や「倭姫命伝説」です。

(天孫降臨とスサノオウ)

九州の地に残る「天孫降臨」の神事こそ、邪馬台国の巫女達が降ろした宇宙の十二柱の神力そのものですが、この神事に手を貸した一団が九州にいた「出雲族」であり、その中心となった神巫女十二名こそ宇宙神に繋がる十二柱の巫女だったため、巫女たちを出雲の地の宍道湖へ移動したあと、天(宇宙の大元)と地球の底へ繋いだ力のことを「スサノオウ」と呼ぶようになりました。

※神事の中で、「スサノオウの力は宇宙の十二柱から降りている」と伝えられた理由が、この意味。

つまり、出雲国の王である大国主の神力とは、卑弥呼一族の神巫女たちが天(宇宙)から降ろした天照大神の神力を地球側では「スサノオウ」の神力と呼び、世界中の太陽神信仰のおおもとのエネルギーが出雲の地で守られているという意味です。

※古事記では、「スサノオウ」を大国主の父系だと記しています。

(邪馬台国の巫女と各民族の王の関係)

天孫降臨のあと、男を中心とした多くの民族が九州や各地に日本制圧を目的に乗り込んできたからこそ、全滅するよりも出雲族の力を借りながら相手に巫女を差し出すことで大いなる目的を果たす道を卑弥呼一団は選んだ為、邪馬台国の巫女集団の存在は、しだいに歴史から消えていきました。

邪馬台国の巫女たちは、沖縄を含む世界中の霊的に高い少女達が参加し、日々、神の思いを体にのせて運ぶ修行をした一団だからこそ、世界中の神が日本まで運ばれたという事実をご理解下さい。

男達の武力戦いの裏には、巫女による呪詛がけによって相手の王の神力を奪い取る戦いもあったのですが、巫女達の思いは男達の争いが収まることを願っていたからこそ、どういう立場になろうとも、全てを受け入れて敵国の妻になる巫女たちがたくさんいました。

王様が妃を選ぶ基準は「美しさ」もありますが、見た目の美しさは年齢と共に失われるからこそ、実は、自分の身を神力で守ってくれる強力な神巫女を妻にすることで、戦いの不安を神力で守ってもらうことが大事な目的でした。

現在の天皇家の歴代のお妃様や側室達もすべて強力な巫女だからこそ、民族の争いの影には、女性達の呪詛がけや強い呪いで封印している事柄が多いことをご理解下さい。

さらに時代をさらに遡ると、6000年前に狩猟民族の先住民しかいなかった日本の地へ、「神」という概念や大事な食料となる「ヒエや粟の種」を伝えたのは、南方から船で渡って来た西洋系の血を引く物部一族のルーツとなる民族ですが、彼らは原始キリストの博愛主義者だったからこそ、争わず、常に、相手の民族と交わり受け入れながら日本まで移動してきました。

物部一族は日本で呼ばれているような単一民族ではなく、大きな船で南洋の各島の民を載せて運んだいたため、様々な民族の血が交わった混血民族だという点をご理解下さい。

卑弥呼一団が九州へやってきた時にも物部一族の思想を理解したからこそ多くの巫女を提供し、共に、世界の恒久平和を日本の地から発信する目的で協力体制を引いていましたが、当時、国家統一の思想を持つ九州を制圧していた出雲族の力を得なければ外敵から身を守る事ができないからこそ、協力体制を引いていたという点もご理解下さい。

(出雲の国づくりと制圧)

時は、出雲族と卑弥呼の巫女たちが、島根県へ移動した時のお話しです。

九州で卑弥呼の巫女たちが天孫降臨を果たし、宇宙に繋がる祈り場所は作りましたが、日本全体から光を発する為には各地におもむき、「天鏡、水鏡、光鏡の儀式」ができる場所を探すために物部一族の力を借りて各地へ巫女たちは移動しました。

※天孫降臨に使った鏡・勾玉・剣の三つの神力(三種の神器)の意味は、各民族がご神体として祀っていた神力を合わせて行った神事だったからこそ、三つの神器がひとつに揃ってこそ、本来の「天照大神の神力」が働くという意味です。

四国や関東東側(香取神宮、鹿島神宮)に住んでいた安房族も邪馬台国の神巫女を運んだ一団であり、日本の西側にある琵琶湖の回りにも、宍道湖と同じように水鏡の祈りをしていた巫女達が大勢、住んでいました。

※琵琶湖の北側から湖に沈められた銅鏡が、現在、多く見つかっています。

海水と真水が交わる宍道湖を守る神として、ハヤアキツヒコ・ハヤアキツヒメを祀っていましたが、後から来た民族の命令で、現在の島根県松江市へ移されました。

もともと古くから四国一体や中四国地方を管理統括していた民族は、物部一族の血を引く事代主の一団でしたが、水鏡がある宍道湖の地に出雲族と邪馬台国の神巫女がやってきた際、物部一族に十二柱の重要な巫女が居たため、その神力を手に入れたかった出雲族は巫女を人質に取り、事代主一族を配下に納めました。

宍道湖に沈められた巫女達は物部一族の巫女であり、命令を出したのは裏切りや呪詛を恐れた出雲国の王、大国主でした。

このあと、物部一族と卑弥呼一族を配下においた出雲族は、強力な神力を使って日本国家統一の為に日本中へ動き出しました。

日本各地に6000年前に入った物部一族と同時期に、中国からやってきた秦氏系の民も4000年前と2000年前に日本の土地へ入っており、陶芸や稲作文化を各地に広めたことで土地の民に親しまれながら大きな勢力を持っていましたが、出雲族は神力と武力を使って多くの秦氏の民たちを制圧しました。

(国譲りの真実とは?)

出雲族が日本全体を神力でまとめた頃、大きな問題が発生しました。

朝鮮半島の新羅系の民(天皇系)が九州を制圧し、出雲の地へやってきたからです。

問題は、ここです。

国譲りが、なぜ、戦わずに行われたと書かれているのか?

答えは簡単でした。

出雲国の王の子供が、国譲りを父親に迫ったからです。

天皇家の始まりは、神武天皇です。

※実際には新羅国の王ですが、皇族には百済国と教えられています

実は、神武天皇の妻が大国主の娘だったからこそ、国を明け渡せと迫った息子に、天照大神の全ての神力のうちの半分を分け与えることで、出雲国を守るという形をとりました。

※この点について九州の神々の承認はまだ得ていませんが、事実だと思います。

もともと大国主が持っていた神力は卑弥呼一団が宇宙に繋いだ天照大神の力ですが、本来、天照大神の力は裏(陰)と表(陽)の両方の力が必要ですので、神武天皇(息子)に天照大神の表の力(陽の天照大神)を明け渡すことで和合したという意味です。

※この時から「表は天照大神」、「裏はスサノオウ」が守るという形で国家を守る体制にした訳ですが、実際には、裏と表の両方の力がなければ宇宙に繋がる神力は働かないという点を覚えておいて下さい。

「陽の天照大神の力」を失った大国主は、「陰の天照大神の力」しか残らなかった為、その代わりに天に届く祈り場を作って欲しいと言った理由も、これでご理解頂けると思います。

実際には、重要な天照大神の祈りをしていた「陽の祈りをしていた神巫女」を、神武天皇側へ引き渡したという意味です。

※「陽の神巫女」たちのことを現在では、「倭姫命」と呼んでいます。

別れ別れになった巫女達は家族姉妹として暮らしていたからこそ、別れはとても悲しかったのですが、男達が争う事だけは避けたいという思いで悲しみを心に納めて、伊勢に旅立つ天皇系の一団に半分の巫女たちが付いて行きました。

※島根県は「陰を祈りをする巫女がいる場所」だからこそ、「山陰」という名前が付けられました。

今回、重要な思いを伝えてくれた巫女の最後の願いは、男達が争わず、出雲族の天照巫女と伊勢族の天照巫女の思いをひとつにして本来の天照大神の神力を復活させて欲しいと伝えてきましたので、私たちは、この思いを必ず、伊勢神事で統合する事を約束しました。

宇宙の記憶を持って世界中に転生した魂たちは、全宇宙の恒久平和を願い、様々な民族の名前で呼ばれ世界中を移動した記録が歴史に残っていますが、十二氏族の共通の目的は、この地球から全宇宙の平安を願う大元の思いを成し遂げる為に繰り返された歴史なのです。

何度も繰り返された地球上の民族争いの歴史の中で、全民族のカルマを一掃するために2000年に一度だけ行われる神事が、今回の出雲神事と伊勢神事だということをご理解いただけたでしょうか?

同じ失敗を何度も繰り返しているからこそ、私達は過去の失敗を超えて愛に変える為に産まれてきたのです。

もともと出雲の地にいた「陽の天照大神」の力は伊勢神宮の内宮を守っていますが、「陰の天照大神」の力を伊勢の地で守っている巫女たちは「月夜見宮」にいますので、二つに分かれた巫女達の思いと神力を伊勢内宮でひとつに納め繋ぐことで、陰陽合一の本来の天照大神の神力が日本に復活します

男神は過去全ての男達の争いを心からお詫びし、巫女達は過去を一切問わず、人を責めず、感情を動かさず、ただ神の愛に繋ぎ合わせることだけを心に決めて、日本と地球を守り支える天照巫女たちの思いをひとつに繋ぐ神事が1月10日から始まりますので、どうぞ、日本から天照大神の神力を地球全体へ祈り繋ぎたい皆様は、鏡開きの日である1月11日の祈りにご参加下さい

※祈りの時間は皆様の好きな時間でお願いします。

出雲族の本当の思いや伊勢族の本当の思い、そして、日本という国家を支える為に世界中から集まってきた全ての民族の思いを愛に変える祈りを行います。

まだ私達が理解していない巫女達の思いや男神たちの思いも、今回の伊勢神事で出てくると思いますので、伊勢神事が終わりましたら全ての内容を公開いたしますので、どうぞ、心を乱さず、今回の伊勢神事を支える参加者たちの安全を祈って下さいませ。

地球と日本を愛する皆様のご支援、ご協力をどうぞ宜しくお願いいたします。



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