初めてのアルバイトは・・・葬儀屋

初めてのアルバイトは・・・葬儀屋

毎日、お仕事・子育てご苦労様です。

北海道の小学・中学・高校は12月の終業式が終わると、1ヶ月間の冬休みが始まります。

中学3年生の冬の終業式が終わると、家の周りは真っ白な銀世界に包まれていますので、スキーやスケート・ソリ作りなど、やりたいことはたくさんあるのでワクワクしていると、母が急にこう言い出しました。

「お前はお金のありがたさをよくわかっていないから、アルバイトしておいで!」

一応、知ってるよ、、、親に食べさせてもらっていることや、お小遣いを時々もらえるお金は、父さんが出稼ぎして頑張ってくれているからだし、母の内職の和服の仕立てのお金のおかげだということは・・・

「それが、甘いんだよ!

お前は、自分でお金を稼ぐことの辛さもしんどさも知らなさすぎる!

文句ばっかり言っているから、隣のお店のご主人の親戚が隣町で葬儀屋をやっていて、年末は人手が足りないと言うのでお前、行っといで!

住み込みで、一週間だけどね(^^」

母が、鬼に見えた瞬間でした。

子供と大人の心が戦って反抗期真っ最中の自分は、いつも母親の言葉に屁理屈を言っていたのは自分でもわかっていたけど、感情を抑えきれないんだと言い訳したかったのに・・・

母の目は、私を試していることがすぐにわかりました。

ここで逃げるんかい?

いつも、あれだけ母親に対等な口ぶりで話しているお前なのに・・・

ここで逃げるんかい?

出来ないのかい???

と心の声が聞こえてきました。

 

「やるよ!やるさ!行くとお店のおじさんに連絡して!!」

もう、後には引けません。

男が口にした言葉は絶対に覆してはいけないのも、吉岡家のルールだからです。

適当なことを口にすると、土下座して謝るか?腹切りか?というくらい本気で怒られるからです。

翌日から隣町の葬儀屋にアルバイトに一人でバスに乗って行きました。

持ち物は、下着上下3枚、タオル1枚と歯ブラシ、困った時のお金は500円だけ。

バスを降りて、初めて葬儀屋のお店に入り、自己紹介すると、「中に荷物をおいて、ここに来て、仕事を見ていなさい」とだけ言われました。

この時代は、「見ていなさい」と言われたら、見て覚えてわからないことは聞きなさい」という意味なので、お客さんに対応している奥さんの言葉使いや所作を必死に覚えました。

生花の包み方、お金の渡し方、頭を下げて、ありがとうございますを言う頭の角度・・・

※どこまで頭を下げるかで意味が違うことは子供の頃、母に教わっています。

年末なので、いろんな人が仏壇にお供えするお花を買いにきました。

「仏花の色」なんて知らなかったけど、お客さんとのやりとりで白を基本に、個人の好きな色の花を添えるとお客さんが喜ぶこともわかりました。

人がお店に溢れてきて、奥さんがバタバタしているので、自分に手伝えることは何か無いかを探していました。

すると入り口に、70代の腰が曲がったおばあちゃんが一人でお店に入ってきましたが、上を見上げることも辛そうだったので、近づいてこう聞きました。

「おばあちゃん、何をお探しですか?仏花ですか?」

「あらあ、賢い子だね。

そう、じいさんの仏壇にお供えするお花が欲しいんだけど、腰が伸びなくて、どんなお花があるのかよく見えないのさ。

あんた、選んでくれるかい?」

「はい、わかりました。

そうだ、おじいさんの好きな色は何ですか?」

「じいさんの好きな色かい???

あんまり綺麗な色なんて身につけたことがないけど・・・あーそうだ、死ぬ前に珍しく私に黄色いお花をくれたんだよね。

珍しいことするから、何か変な魂胆があるのか聞くと・・・」

「いやあ、俺も自分の生い先が短いことを分かってから少し考えたんだ。

自分は好き勝手なことばっかりやっていたのに、ばあさんには何もしてあげてなかったとを気づいたのさ。

だから、孫娘に聞いたらお花が喜ぶよって言うから買ってきてもらったのさ。

黄色いお花は元気になる意味があるらしいから、お前にいつまでも元気で生きていて欲しいと思って、黄色にしたんだ。

今まで、ありがとうな。」

そう言ってくれたおじいさんとおばあさんの気持ちがわかったし、渡した花の色が黄色だったので、「じゃあ、おじいさんの弔いの仏花だから黄色にしましょうよ」と提案しました。

おばあさんは、「年末の仏花に黄色はおかしいんじゃないのかい?

娘たちにも、文句を言われそうな気がするけど・・・」

「このお花は、おばあちゃんが、おじいさんにあげたい花でしょ。

だから、僕は良いと思いますよ。

もし、娘さんたちが文句を言ったら言い返してあげて下さい。

これは、私が爺さんに渡したい花なんだと・・・・」

「分かったよ、あんたの気持ちは(^^)

だから、頼むよ。

白い花に、ちょっとだけ黄色い花を入れておくれ。」

奥さんは忙しそうだったので、ご予算にあったお花を自分で選ぶ許可を頂いてからお花を選びました。

ユリを3本と、綺麗な白い花ビラのお花を3本、そして、その真ん中に小さな黄色の”ひまわり”を添えました。

おばあさんに見てもらってから会計をしようとすると、奥さんが、怒鳴りました。

「あなたね、それは仏花じゃないよ!

お客さんが欲しいのは仏花でしょ。

選び直しなさい!」

少し悩んで、おばあさんに再度、お花を見てもらうと、曲がった腰に手を当てながら一歩一歩、レジの奥さんの前に行き、こう言いました。

「あんたね、私が良いって言った花は売らないんかい!

私は、爺さんの好きな色の花を入れておくれとこの子に頼んだのに、なんで、あんたは勝手に変えるんだい!!

年寄りだと思ってバカにするんじゃないよ!

私が貯めたお金で買う花くらい好きに売りなさいよ!

あなたが売らないなら、他の店に行くわ!

それと、この子を頭ごなしに怒るんじゃないよ!

自分の子供もろくに育てられないのも、あんたの言葉使いでわかるわ!

老人を馬鹿にするんじゃないよ!

サッサと、会計しなさい!」

バイト初日、気の強い奥さんは顔を真っ赤にして会計した花を私に渡しました。

「あの婆さん、お店の外まで送ってから塩を撒いときな!

もう、頭にきたわ!」

母からこの店の奥さんは口が悪いと言われていたので覚悟はしていましたが、塩を撒けとはすごい女だと思いました。

ご主人も、大変だろうなと思いました。

どんどん、仏花を買いに来る人が続くので、できる限りお手伝いをしていますが、お昼12時を過ぎても食事は食べられません。

「お客が引いたら奥で食べていいからね」と言われましたが、お客さんはずっと続いて来るんです。

2時も過ぎて、空腹でグーグー音がするのを我慢していると、「今、客が引いたから5分で食べておいで!」と言われました。

慌てて奥のテーブルに載っているカレーライスを頂くと、目の前にいる小学高学年の息子はテレビを見ながらゆっくりカレーライスを食べています。

サラダもついてるし、ジュースも付いてますが、私にはお水1杯だけでした。

それでも急いでカレーライスを口に頬張っていると、作業服の男性が太いホースを持って、食卓の横をドタドタ歩いて行きました。

???何だ?この匂いは???

汲み取り便所の排泄物を汲み取るホースだとわかりましたが、ドックンドックン、ピクピク動いているホースを横目に見ながら、カレーライスを食べている自分の胃袋の先は・・・

考えないようにしよう・・・と、急いでカレーライスを飲み込んでお店に戻ろうとしました。

何とか吐かないで、カレーライスを飲み込めたと喜んで売り場に立つ準備をしていると、女性が二人お店に入って来て、奥さんの手が空くのをじっと、待っているのが見えました。

「奥さん、午前中に年寄りの婆さんが、一人でお花を買いにきませんでしたか?」

「あー、来ましたよ。

何か、黄色い花を入れて欲しいと言うので、それじゃあ仏花じゃありませんよ、と言ったのに、おばさんはそれでも良いからおくれと言って、持って帰りました。

私はやめたほうが良いと言ったんですがねえ、それが何か問題でしたかね?」

「いえいえ、本当にありがとうございます。

私達は、あの婆さんの娘と息子の嫁なんです。

最初はあなたと同じように、どうして年末の仏花に黄色い”ひまわり”なのかを聞いても何も言わないので、”ひまわり”は夏の花だからお店に返してくるよと言うと、母に怒られたんです。

お前たちは、私が爺さんに貰った花をプレゼントすることを反対するのかい?

私が爺さんに出来なかったお礼を今、しているのに、あんたちは私の気持ちを踏みにじるんかい!と怒られました。

誰がこの花を選んでくれたのかを聞くと、若い男の子が選んでくれたと言うので、今日は、そのお礼に来たのです。

いますか?その男の子は?」

お店に出ようとしていたけど、家の中からそっと聞いていたので事情はわかりました。

奥さんはきっと、嫌な気分になるかもしれないから、自分はその場にいないほうがいいと思ったからです。

二人の女性が帰ったあと、お店に出ると、奥さんは私のことは認めないぞ!という怖い目をして睨んでいました。

お店の掃除をするしかない私は、これがお金を稼ぐ仕事の意味なのだと学びました。

夕方、使用人の20代の男性が私の布団を担いで、数軒隣にあるボロい家の二階に運んでくれました。

立つと天井に頭をぶつけるくらい低い天井裏ですが、そこが使用人と私の寝床でした。

仕事が終わって、母から強制的にバイトに来ることになった理由を説明すると・・・

「お前の母親は、いい人だなあ。

俺の両親は離婚して、母親はお金がないので自分一人で育てられないからと、中学1年の時に、ここに預けられたんだ。

3食食べれて、寝る家があって、少しだけど給料がもらえるだけで俺はありがたいのさ。

俺の母親は、自分が飲む酒のお金はあっても、俺の食事は作ってくれない母親で、どこかの家で晩飯をたべさせてもらえ!といつも夕方になると、家を追い出されたから、今が一番、幸せなんだ。」と話してくれました。

自分の家も自給自足の貧乏農家だと言おうと思ったけど、言えるはずはありません。

恵まれ過ぎています、自分の環境は・・・

12月30日まで住み込みで働いて、一緒に霊柩車に乗って葬儀の準備もしましたし、霊を感じることも話しました。

葬儀場で、どこに御霊がいるかを見つけると、私たちの祭壇の準備を見ていてお礼を言ってくれました。

お店で神棚を売るのが得意になったのも、母が毎日、神棚のお掃除をしている後ろ姿を見ていたからです。

朝一番、仏壇にご飯とお茶の載せ方を教わり、神棚は濡らしたフキンをギュッと固く絞り、息を吹きかけないように手ぬぐいを口にしてお掃除をしていました。

「祀られている人の気持ちになって、手を合わせなさい」と幼稚園時代から終わっているので周りの大人に教わることはありません。

生まれて初めてしたバイトが葬儀屋さんで、ありがたい体験をたくさんさせてもらいました。

後日、母を通して、アルバイト代をもらいましたが、恐れおおくて使えません。

お正月のお年玉は全て親に回収されるのが我が家のルールですが、

初めてお金があっても使えない大切な気持ち

を学ばせてもらえました。

母のありがたみと、賢さにつくづく頭が下がった体験をさせてもらいました。

ありがとうございます、母。

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