「魂の封印」を完全に解き放つ!!

マイナス35度を超えた日の大寒(だいかん)の朝

●天無神人の体験談

北海道の最低気温の記録は、1902年1月25日に旭川市で観測された-41.0℃で、現在もこの記録は変わっていません。

私が小学生の頃は、旭川市に近い芦別市常磐町で父母が農家をしていましたが、トコトン雪が多い山間部なので雪も多く「底冷え」になり、旭川以上に気温が下がることは誰もが知っていることでした。

その冬の寒さのおかげで、美味しい野菜ができることも、農家ならよく知っています。

冬休みの宿題として「毎日の最低気温を確認して記録」していましたが、芦別市には気象庁の観測所が無いので、家の外の寒暖計でドンドン冷え込む朝6時の気温を毎日、記録していました。

年間で最も寒い日と言われる大寒(だいかん)は1月20日なので、楽しみにして毎朝、最低気温を記録していましたが、家の外にある寒暖計はマイナス30度までしかメモリが無いので、真っ赤になった一番下の赤い玉を見て、仕方なく、毎日、学校にある観測用の寒暖計を見に行っていました。

学校から2番目に近い家に住んでいたし、田んぼを横切れば直線で100mほどなので、ズボズボ50cmの深雪の中を歩きながら毎日、学校の寒暖計を記録していたのに、学校の寒暖計はマイナス35度までしか無いので、それ以上の記録が付けられません。

昭和44年頃の大寒の日のニュースは、旭川の最低気温がマイナス35度とニュースで言っていたので、絶対に芦別のほうが気温が低いのに、記録が付けられないと悲しくなりました。

そこで、私は考えました。

じゃあ、1°C変わると肌に感じる感覚がどう変わるかを体感で覚えるため、上半身裸で外へ出て、寒暖計を睨めっこしながら、1分間、じっと我慢して体で温度を測定できるようになりました。

最終的に私が体感した芦別市常磐町の最低気温は37度!とノートに記録して冬休みが終わった時に、先生に渡しました。

先生は、毎日の気温の数字を見て私に質問しました。

お前の家の寒暖計はマイナス37度まで測れるのか?

いいえ、私の家の寒暖計はマイナス30度までなので、学校の裏庭にある観測用の寒暖計を毎日、見に行って記録していました。(マイナス35度の寒暖計)

でも、そのマイナス37度と書いてある日は、旭川以上に寒い芦別市なので、気温の温度差を体で覚えて1時間ごとの気温上昇を記録して体感から逆算して出た数字です。

もし、芦別市で実際の気温を測っている人がいるなら証明になると思うので、先生たちのお知り合いの人で気温をつける趣味の人がいたら聞いてみて下さい。

よしわかった!明日、芦別市全部の町中学校の先生たちの集まりがあるので、その場で聞いてみるから楽しみに待ってろよ!

数日後、先生がニコニコして私を呼びました。

「おい、吉岡!すごいぞ!お前の記録はすごくて、芦別の老人が測った数字より毎日、2度低いそうだ。つまり、この常磐町は芦別市内より毎日、気温が2度低いことがわかったんだ。

そして、その老人が記録した大寒の日の記録は、35度だったんだぞ!

わかるよな、これでお前が裸で測ったマイナス37度は正しいと証明されたんだ!

すごいなあ、お前は、よくマイナス37度の中で裸で気温測定したなあ(^^)」

私の母は厳しい人なので、「男が一度、決めたことは何があっても、やり通しなさい!」と冬休みの宿題を決める時に言われたので、お金がかからないでできる「最低気温測定」にしました。

先生が喜んでくれた数日後、先生が知らない老人と家にやってきて、私と話をしたいと言うのです。

話を聞くと、その老人は30年間、芦別市で最低気温と最高気温を記録していた老人で、戦争当時、気温によっては武器が使えなくなるので、富良野や旭川の自衛隊駐屯地に毎日、最低気温を電話で報告していたそうです。

でも、芦別市内より常磐町のほうが寒いとは知らず、自分の無知無力を感じ、申し訳なかったと私にお詫びしたくて、今日、家を見つけてやってきたそうです。

おじいちゃん、私はただ学校の冬休みの宿題で最低気温を記録しただけなので、おじいちゃんにはかないません。30年前から記録をつけ続けた大先輩が、こんなガキに頭を下げないで下さい。

私は個人的に、おじいちゃんに勲章をあげたいくらいです、と言って、自分でチラシの紙を丸く切り抜き、勲章と文字を書いて、おじいちゃんの首にかけてあげました。

俺も歳だからいくつか勲章はもらったけど、今までの人生で一番嬉しい勲章だ!ありがとうな坊主!

はい、私こそ、おじいちゃんのように30年も続けられる仕事を見つけて頑張ります!

今日は本当に、わざわざお越し頂きまして、ありがとうございます。

そこへ母が急に帰ってきて、また、お前!何かやらかしたのかい!この!と手を上げたので、先生が怒ってる母を押さえて話を聞き、やっと収まってくれました。

後日、担任の先生が旭川の気象庁にこのことを報告してくれたそうですが、子供の裸で測った数字を認めるわけにはいかん、と断られたことを担任の先生が申し訳なさそうに話してくれました。

でも良いんです、僕は・・・。

先生が認めてくれたことと、あのおじいちゃんが喜んでくれたことだけで十分、幸せです、と答えました。

小学校4年生の冬休みの宿題のお話でした。ご清聴、ありがとうございます。

 

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