「マーゴのWARGAME」が始まった理由を説明します。
世界を支配している「マーゴのWARGAME」は、マーゴが嫁いだアメリカの「モルガン・スタンレー銀行」のオーナーが始めました。

モルガン・スタンレー・グループ・インク
1933年に成立したグラス・スティーガル法により、旧JPモルガン(現在のJPモルガン・チェース)の投資銀行部門がモルガン・スタンレーとして1935年にニューヨーク州法人として分離独立。なお、商号の「モルガン」とは、分離の際にモルガン・スタンレー側へ移り同社の共同創設者の1人となった従業員ヘンリー・スタージス・モルガンに由来する。この従業員は、旧JPモルガンの創設者であるジョン・ピアポント・モルガンの孫でもある。

息子は、「ジョン・ピアポント・モルガン・ジュニア」で1867年9月7日生まれです。父親の30歳の時に生まれた息子ですが知能が低すぎたので名前を付けず、最後まで「ジュニア」と呼ばれていたそうです。

「義理のお母さんは売春婦だったの」とマーゴは言ってましたが、子供を産んだあと「母親」を義父のお父さん(ジョン・ピアポント・モルガン)が殺したそうです。
そりゃあ、そうでしょうね。「売春婦」を社長の奥さんにはしませんもの。
マーゴは、3歳の頃に釧路生まれの親が自分の娘をアメリカに売り渡したのですが、マーゴは3歳の子供で拉致されてから、ずっと66歳も年上の「ジュニアのおもちゃ」にされて妊娠したのですが、生まれた子供が「娘」だったので、二人目に「息子」を作ろうとしても何度も流産してできなかったそうです。
「親の愛情」も知らないし、「夫婦の愛情」も知らないマーゴは「ただの性奴隷」だったので、「人を恨むことしかできないまま大人」になってしまった女です。
息子がいないと「モルガン家の資産相続ができない」ので焦っていたそうです。
マーゴは「世界中の良い種を持つ男」を探した結果、世界一長い男子の種が続く「吉岡一門の頭領」を見つけたくて日本中の吉岡一門の住んだ場所を探し回ったそうです。
宮崎県の「卑弥呼」と熊本県の「薩摩隼人」が「霧島 高千穂ヶ峰」で交わり、「天照大神」と「神武天皇」を産んだ事実を知るために、いろんな人にお金をばら撒いて地元の人から聞き取り調査をしたそうです。

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熊本県で「吉岡八人衆」が二手に分かれて「頭領がいる長崎県」でしばらくオランダ医学を「在村蘭方医」に学ばせてお金を出してあげて、「日本に医療制度」を広げる努力をした場所の調査にも多額のお金をばら撒いたそうです。
次に移動した島根県で吉岡一門の頭領は、「意宇(おう)六社の神社」を作り、「日本の神仕組み」を作り上げたそうです。
だから、出雲国総社の六所神社の宮司は「吉岡弘行宮司」なので、私の親族です。

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そのあと、岡山県、京都府、富山県、そして北海道と金をばら撒いて情報を集めた結果、私を「戸籍謄本」で見つけて「岡山理科大学」に行ったあと、札幌市に戻り、東京に転勤になり、海外にもよく出かけていたので捕まえるのにたくさん苦労してお金を使ったと「マーゴ」は話していました。
戸籍を管理しているのは「法務省」ですが、弁護士に金を渡して資料請求することができるので、それで私を見つけたそうですが、あちこち転勤で行くので、日本で捕まえることができなかったと話してくれました。
1996年1月にNYでマーゴに出会った「マライヤ・キャリー主催のお礼パーティ」の時は、私は37歳、マーゴは62歳で、私の母と同じ年に生まれで誕生日も一日違いの1月31日生まれです。(母は1月30日生まれ)
「War Game」の話は、そうとう仲良くなってからですが、全ての流れを正直に話してくれました。
マーゴの義理の父親のジョン・ピアポント・モルガンは「1837年生まれ」なので、「ジョン・ピアポント・モルガン・ジュニア」で1867年9月7日生まれの「息子のおもちゃ」として与えられた「女の子」だったそうです。
マーゴが3歳の時は1936年なので、「69歳年上の男のオモチャ」となったほど、幼稚な脳みその男だったようで発達未熟児のアスペルガー症候群の「男のオモチャ」だったそうです。
たまたま「ジュニア」がおチンチンをマーゴの膣に入れると気持ちよくて射精したので、そこからマーゴは「性道具」となり、偶然、妊娠して「女の子」が生まれました。
「発達未熟児」は体が大人でも「知能は幼稚園並み」なので、一度、セックスの気持ちよさを知るとご飯も食べずにずっとセックスをし続けるので、膣が壊れて何度も手術で治したのにまた傷つけられてしまい、何度妊娠しても子供を産めない体になったと話してくれました。
義父のジョン・ピアポント・モルガンは、1837年生まれの大富豪だったので、父親が死んだ(殺した)記念日に「日清戦争のWarGame」をしかけたそうです。
「日清戦争」は、1894年(明治27年)に日本と清国(大清帝国)の戦争で1895年11月30日に終戦。
「日露戦争」は、1904年(明治37年)2月8日から1905年(明治38年)9月5日にかけて、日本とロシアの間で行われた戦争ですが、「義父のジョン・ピアポント・モルガンの66歳のお祝い」にまた「WarGame」を仕掛けたそうです。
義父のジョン・ピアポント・モルガンは、1913年に亡くなりましたが、「遺言」で次のWarGameをする指示が出ていたので、「第一次世界大戦」が始まりました。
「第一次世界大戦」は、1914年から1918年にかけてヨーロッパを中心に世界を巻き込んだ戦争です。同盟国(三国同盟)と連合国(三国協商)が対立し、25か国もの国々が参戦しました。
「大東亜戦争」は1939年9月1日に始まりましたが、マーゴが6歳で「小学校に上がったお祝い」で始めたWar Gameだったそうです。
大東亜戦争は、1939年9月1日にドイツがポーランドに侵攻したことをきっかけに始まり、1945年8月15日に日本が降伏して終結した戦争。
わかりましたか?
世界の大戦争は、全てマーゴの義父の「ジョン・ピアポント・モルガン」が仕掛けたものですが、日本が強すぎたので「日本が勝つ方に賭けた結果」、大赤字になり、イギリスのイングランド銀行と親族になるために、「マーゴ」をイングランド銀行のオーナーの嫁にしたそうです。
だから、マーゴは、イギリスの「イングランド銀行のオーナー」であり、アメリカの「モルガン・スタンレー銀行」のオーナーですが、イングランド銀行のオーナーの夫と、自分を犯し続けたジョン・ピアポント・モルガン・ジュニアを自分の薬で殺したそうです。