2023年12月 裏千家 神谷聖也君と偶然出会う
2023年12月12日、東京都新宿区のなじみの「居酒屋つず久」で、大将の樋口作蔵さんが「いい男を紹介するわ」と出会った男が、「35歳の神谷聖也君」でした。
関西大学 総合情報課を卒業してから父親の仕事のサポートをしているそうですが、裏千家における「神谷(かみや)家」は、名古屋で100年以上続く伝統的な茶家・神谷柏露軒(はくろけん)の系統を指します。


神谷昇司(宗舎長・柏露軒四代)や、先代当主である神谷宗雅が著名で、裏千家の茶道普及と茶室建築の研究において指導的な役割を果たしてきました。
お茶の世界は、裏千家・表千家・綾小路の三つの流派があり、全ての茶葉を作っているのは、神谷家なので最高級品なのでとても美味しい茶葉です。
仕事の時はいつも和服なので、今日はスーツですいません。
と謝るほど礼儀作法ができている男なので気に入り、私の日本酒を注いであげようとすると、「いえいえ、滅相もない」と言って、私の日本酒を手に取り、自分の盃に注いでから私に注ぐ男でした。
この所作は、先輩にお酒を注がせることさえさせない「先手気配り」と呼ばれるもので、所作の中でも最上級の人間しかできない技です。
- 目配り(状況把握)
まずは周囲をよく観察し、全体の状況や相手の今の状態(忙しそうか、困っていないか、など)を把握することです。 - 気配り(予防)
相手が困る前に「人が困らないよう、手ぬかりないよう」気を配り、先回りして準備や行動をします。 - 心配り(潜在ニーズへのアプローチ)
相手の立場に立って、「何をしてほしいか」を深く考え、自分自身でも気づいていないニーズに寄り添うこと(おもてなし)です。
- ビジネスシーン:会議の前に、先回りして資料を多めに印刷しておく、あるいは相手が資料を見やすいように机の配置や温度を調整しておく。
- 飲食・接客:相手のお冷や(お茶)がなくなりそうなタイミングで、何も言われる前にサッと注ぐ。
- 人間関係:相手が重い荷物を持とうとした瞬間に手を貸す、あるいは疲労が見えたら「少し休みませんか?」と声をかける。
- 「見返りを求めない」:「これをしてあげたから」というアピールはせず、あくまで「相手にとって心地よい環境を作ること」を目的とします。
- 「自己満足にならない」:押し付けにならないよう、相手の表情やその場の空気をしっかり読むことが重要です。
ここまでできる若者だからこそ、こう教えてあげました。
あのね、「裏千家も、池坊も、日本舞踊も、弓道も、全て武士の心得」なので私の子供の頃から全て学んできたんだよ。
どの流派も元々は武士のトップの「吉岡一門頭領の心得」だったので、それぞれの担当役を決めて教える役目が、今の「裏千家」や「池坊」や「日本舞踊」なのさ。
家に、古い歴史書があるなら自分で調べてみるといいよ。
親たちは「自分が始まり」だと言い張るけど、実際は、日本の全て漢字も苗字も「吉岡一門頭領」が名付け親なので、「神谷」と言う苗字も俺の先祖の頭領がつけた苗字さ。
多分、美味しい茶葉を作るのに、「谷間の神風」を利用したので、そういう苗字を与えたと思うよ。
俺の父親は「吉岡一門頭領」だったのに、真剣勝負で負けた親兄弟を斬り殺すのが嫌だったので、自分から小作になって貧乏な農家を始めた人間なのさ。
俺は次男なんだけど、3歳の時に親父に「家に居て、飯を食いたければ剣術を学べ!」と言われて、3歳から朝昼晩、食事の前に1000回腕を振る訓練をしたので、手が痺れて飯も食えず、犬猫みたいにご飯を腹ばいで食べたほど厳しい生活だったのさ。
でもそのおかげで8歳で父親と日本刀の真剣勝負で勝ったので、「三本勝負だ」と言い張った父親にも勝ってしまったのさ。
しかし、12歳にならないと「元服」できないので、「俺を殺すのは12歳まで待ってくれ!」と頼まれて、12歳になった時の1月10日の誕生日に、北海道のど真ん中の芦別市常磐町で、日本中のお偉いさんたちがやってきて、「吉岡一門頭領 襲名披露宴」を行なったのさ。
当時の首相は佐藤栄作、日本銀行総裁は佐々木直、北海道中の国会議員や南朝の武士と北朝の武士が500名ほど集まったのさ。
その日の昼頃に「昭和天皇」から電話が来て、「今からそちらに行ってもいいですか?」と言われたんだが、「今日は吹雪で飛行機は飛ばないと思うので、お気持ちだけありがたく頂きます。」と伝えて電話を切りました。
昭和天皇が来たら面倒臭いに決まっているし、式典の昼間に電話する「うつけもの」なので断っただけさ。
その式典のあとからが大変で、親父が親族を全員切り殺さなかった噂が流れて日本中からオヤジを斬り殺しにくるので、全て俺が相手をしたので128名くらいの北朝の武士を斬り殺す役目だったのさ。
斬った奴らは、山に住んでいた「第三国人」に食べてもらったので、俺が斬り殺した証拠は何も残っていないよ。
今はね、スピ系の仕事を20年以上しているので、そんな風には見えないでしょ?
神谷君)噂には聞いていましたが、本当の話だったんですね。失礼いたしました。
本当ならここで土下座しないといけないと思いますが、店が狭くてすいません。
あとの話は、怖すぎてコメントできないのですいません。
いつか、君が正式に「裏千家の新頭領」になったら北海道に招待するので、それまで修行しておいてね!
さあ、今日はこの出会いのお祝いだ!飲もう!
- 神谷昇司(かみや しょうじ / 号:宗長・柏露軒)
裏千家正教授・人間環境大学名誉教授。名古屋大学大学院で建築学(茶室学)の博士号を取得しており、茶道史と茶室建築の権威です。専門的知見と伝統的なお点前を融合させ、全国規模の茶会でも活躍する代表的な茶人です。
神谷宗雅さん百寿の大往生
茶どころ名古屋の最長老逝く
裏千家神谷柏露軒を支え
茶どころ名古屋の最長老茶人である裏千家名誉師範の神谷宗雅(本名・雅子)さん が2023年6月30日、永眠されました。大正13(1924)年1月2日生まれの満99歳、百寿の大往生でした。喪主は長男・神谷宗長舎(そうちょう、本名・昇司)さん。
通夜並びに葬儀・告別式は仏式にて、通夜式7月1日 18:00より、葬儀・告別式7月2日13:00より(14:30出棺)、名古屋市千種区千種通6-23-1、愛昇殿レクストの杜 吹上にて。電話052-734-0004。駐車場120台(無料)。
宗雅さんは、明治時代より裏千家のお茶を生業とする神谷柏露軒(はくろけん)を先代当主で夫の宗柏さんと支えてきました。戦時中は、砂糖が手に入らず芋の饅頭を作って稽古を続けるなど、戦中、戦後も茶の湯の歴史を紡ぎ、最晩年まで現役、門弟を指導しました。
ちなみに茶家・神谷柏露軒の代々は、友治ー宗鋹(妻・村瀬玄中の三女宗伍)ー宗柏(妻・宗雅さん)ー宗長舎(昇司)さんです。
宗長舎さんは「母親が元気でいてくれるから、孝養のお茶ができる。ありがたい」と親孝行に努めました。2019年刊行の自著「尾張の茶 歴史・茶人・茶室・道具を知る」(淡交社)の巻頭7㌻では、自らの古稀を記念して95歳になる母宗雅さんを正客に招いて一客一亭の茶を、裏千家11代玄々斎好みの自邸茶室「孤葊(こあん)」で催し、その様子を写真17カットを交えて紹介。
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また、今年3月11日、名古屋・八事山興正寺であった開山忌記念茶会では担当した濃茶席を、宗雅さんの白寿を祝う一会として催行。裏千家前家元15代、鵬雲斎から贈られた一行「安穏無事」、茶杓・銘「㐂」を披露するなど、寄付、次の間、本席、さらに別席と4つの席を満艦飾の茶器を展観、あるいは席使いし、茶客を圧倒しました。
この茶会には、宗雅さんも茶道口から現れて元気な姿を見せていました。流石に着物姿ではなかったものの、末席に端座して、一人息子の昇司さんがサラサラと濃茶をてずから点てるのを頼もしげに眺めながら、出された濃茶をズズッと飲み干す健啖ぶり。中には宗雅さんの手を握って、ご長寿パワーにあやかろうとする人がいるほどでした。
- 神谷宗雅(かみや そうが / 本名:雅子)
先代当主・夫の神谷宗柏と共に神谷柏露軒を支えた茶人。戦中・戦後と長く門弟を指導し、百寿(99歳)を迎えた最晩年まで現役の裏千家名誉師範として名古屋の茶の湯を牽引しましたが、2023年6月に永眠されました。