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アイリスオーヤマの大山健太郎会長はとても親しい関係です

アイリスオーヤマの大山 健太郎社長
 
大山 健太郎(おおやま けんたろう、1945年7月3日 生まれ)は、日本の実業家、アイリスグループ会長。アイリスオーヤマ株式会社代表取締役会長。(※私より14歳年上)
 
 
 
 
 
アイリスオーヤマの歴史は、1958年に大阪で創業した小さな町工場から始まりました。 
 
 
 
沿革・主なできごと
 
  • 1958年(昭和33年)4月: 大山森佑が大阪府布施市(現・東大阪市)でプラスチック加工業「大山ブロー工業所」を創業する。
  •  
  • 最初の製品は、「養殖用のプラスチック製ブイ(浮き)」。

 

1964年(昭和39年)7月: 父の逝去に伴い、「当時19歳だった大山健太郎」が代表者に就任する。

1971年(昭和46年)4月: 法人化し、「大山ブロー工業株式会社」を設立。

この時期に世界初となる「中身が見えるクリア収納ケース」を発売し大ヒットとなる。

 

1982年(23歳)吉岡学がダイエー清田店に新入社員として入社。

大山健太郎社長が自分で「ダイエー清田店」までやってきて「大量販売のお願い」にやってきたので、理由を聞いてみるとこう言いました。

 

「大阪のダイエー商品部のバイヤーが、新しいものを売り方を知りたいなら、北海道にいる吉岡学にまず商品を見せて売り方を聞いてから販売しろ!」

 

大阪人のガラが悪いダイエーのバイヤーたちは「流通業界」では有名で、商談席の机は叩くし、半期決算ごとに「仕入補填」という名目で「仕入れた金額から補填分を引く」ので「利益が残らない」ことでも有名な大阪商人の会社です。

注)「仕入補填」の意味は、「半年間仕入れした金額の一部を払わない」という意味です。

 

「ワレー!コラ!殺すぞ!!」と3分に1回は怒鳴るバイヤーたちなので、「ダイエー担当の取引先」の根性がない人間は会社を辞めてしまうほどダイエーは厳しい会社でした。

 

ダイエー社員の合言葉は、「喧嘩上等!!」

喧嘩ならいつでも手を貸してやるから連絡しろ!

 

「新しい商品」を取り扱う取引先は、まず、私のところに来るように中内功社長に言われているバイヤーたちは、「私の名前を聞くことも嫌い」ですが、それでも「結果を出す私」なので誰も文句を言えない新入社員でした。

 

ちなみに、「新しい取引をダイエーと取引する場合は1億円を預ける必要がある」ので、お金がない会社はみんな「仮口座」だし、その分、「バイヤーに払う原価も高い」ので、頑張って利益を出して「本口座開設」を頑張っていました。

 

しかし、正式に「本口座開設」になると、「原価は3つ」あります。

例えば、「お店で100円で売る商品のお店の原価は75円」、そして「A単価訂正の原価は60円」、さらに「B単価訂正の原価は50円」なので、「取引先」がダイエーに払うお金は「製造原価ギリギリ」を払うわけです。

 

ダイエーのバイヤーは、「お店の原価の75円」から「50円を引いた「25円をプール」しておいて、「半期ごとに一部のお店に補填」していました。

 
 
だから、「お店はバイヤーに対して強く言えない」うえに、「強制的に売り込み商品を送りつけるルール」もあるので、お店はバイヤーの言いなりになるしかないほど「販売権力を振り回すことで有名」でなので誰も逆らってはいけないルールがありました。
 
 
でも唯一、私だけはダイエーのバイヤーに文句を言えるほど「中内功社長とは特別な関係だった」ので、バイヤーたちは私からの電話を最も嫌うほど「理屈で負けることはない」うえに「販売力もある人間」なのでバイヤーたちはいつも「私の言いなり」でした。
 
 
 
そして、ダイエーのバイヤーたちは、半期ごとの決算時に「特別補填を請求する」ことが常識でした。
 
 
「特別補填」を払わない取引先は「取引中止」になるので、在庫を抱えた取引先は支払いができなくなるので、仕入れ金額の支払いの減額に応じる仕組みがありました。
 
 
 
バイヤーたちが半期ごとに集めたお金は、「営業外収入」と「税引き前利益」に加えて利益が出ているようにしますが、
 
「実際のダイエーに決算数字は恐ろしいほど赤字」なので、いろんな「トンネル会社」を使って帳尻合わせをしている会社でした。
 
 
「中内」という名字は、「山の中の中に住んでいた第三国人」なので、食べ物も育てない山奥の日陰に住んでいた奴らなので、「他の人が作った食べ物をかっぱらうしか脳がない奴につけた名字」なので、中内功一族は全員頭が悪い奴ばかりで呆れました。
 
 
 
私は1982年のダイエー入社時から「ダイエーの半期ごとの決算の帳尻合わせを筆頭取締役に頼まれた人間なので、仕方なく多額のお金を借りている「都銀の頭取」に電話して、「売上対策と予想売上を担保に追加融資」させるのが、「私の無償の仕事」でした。
 
 
「日本銀行も都銀も全て吉岡一門資産」なので、私が電話をするだけで、支払い期限を過ぎても限度額が超えても融資してくれる関係です。
 
 
 
 
しかし、中内功社長がいつも私に連絡もなく「勝手にいろんな会社を買う契約を結ぶ」ので、「私の都銀に対する支払い計画」が狂うし「ダイエーの運転資金」も足りなくなるので、「中内功の個人資産運用会社」のお金を大きく動かす「許可」を中内功社長に認めさせました。
 
 
 
1987年に発売した「ダイエーOMCカード」の担保は「丸興」という会社で、「中内功社長の個人資産運用会社」だったので、私の提案で「ダイエーOMCカード」を作り、いろんな提携先を増やして固定客を増やし、「ダイエーの顧客の囲い込み」をさせたのです。
 
 
いろんな信販会社と提携したダイエーの「OMCカード」単体(ブランド)におけるピーク時の発行枚数(会員数)は、約530万人〜600万人超です。 
 
また、OMCカードを発行していた旧株式会社オーエムシーカードが、のちに他社と経営統合して誕生した「セディナ」全体の会員数としては、ピーク時に約2500万人に達しています。
 
 
 
📊 発行枚数(会員数)の推移
 
  • 2000年1月(旧OMC単体時):600万人を突破。主婦層を中心に国内有数の流通系クレジットカードとして普及しました。 
  • 2009年〜2011年(セディナ統合後):約2500万人。旧OMCカード、セントラルファイナンス(CF)、クオークの3社が経営統合して「セディナ」となったことで、会員規模が大幅に拡大しました。 
  • 2014年(イオンとの提携開始時):約530万人。ダイエーがイオングループ入りしたことに伴う施策発表時、ダイエー会員向けのOMCカード単体の発行規模としてこの数字が公表されています。
ダイエーは信販会社からもお金を借りていたので、ダイエーの言いなりでした。
 
 
 
 
ダイエーの取引先は「商品製造原価」に「全ての補填金額」を載せて「最も安いダイエー用の原価」にしますが、
 
「日本一安い原価」じゃないことがバレるとさらに「追徴金を請求するダイエー」ですが、「1兆円の売上がある日本一の企業」なので仕方がないのです。
 

 

さらに「ダイエーの全国チラシ」は月に一度ありますが、チラシに載せる取引先全てに「チラシに載せる1点ごとに協賛金として1点1万円✖️チラシ配布枚数のお金を取られる」ので、ダイエーのせいで潰れる会社もたくさんあったし、クビを吊った社長もたくさんいました。

 

それでも「1兆円突破のダイエー」で扱ってもらえると爆発的に売れるので涙を飲んで取引している会社は多いですが、私が浜松町のバイヤーの時代に取引先に聞くと、「ダイエーと取引している間はいろんなお金をせびられるので利益が残らないので毎年取引先を交代して何とか凌いでいます」と教えてくれました。

ただし、ダイエーのバイヤーは「賄賂をもらうことが禁止」されていたし、取引先と飲みに行っても「割り勘」だし、「お中元・お歳暮の贈答品をもらうことも禁止」していたので、もし、見つかるとすぐに誰かに通報されてクビになるので、「勝手に送ってきた取引先の贈答品」は「着払いで返品」していたほど「取引先との癒着を禁止」していました。

 

私はダイエー清田店時代に、アイリスオーヤマの大山健太郎社長のお願いを聞き、いろんな販売商品のリストを見て、すぐに「中身が見えるクリア収納ケース」を山積みして「中身が見えない収納ケースとの比較販売」を実施しました。

同時に、日本中のダイエーで売ったほうが儲かると思うので、「中内功社長に電話」して日本中のダイエーで扱ってもらう「許可」を取り、日本全国で大量に売ってもらいました。

 

しかし、「売り場に中身が見えるクリア収納ケース」を山積みすると先が見えない白い空間になるので、できれば、売り場が広いホームセンターにも営業することを大山健太郎社長に伝えると、すぐに営業先を「ホームセンター」も営業して、一気に売上が上がりました。

「私の売り場の差別化」は、実際に「洋服売り場の商品」を借りてきて「女性用、男性用、子供用の見本」を作り、一目で何が入っているかを展示したので、ダイエー清田店時代に「アイリスオーヤマの商品」を日本一の売上を作りました。

 

 

そんなある時、「お客様からお礼のお手紙」が戸屋秀俊店長に頂き、私が呼ばれて店長室で読ませてもらいました。

 

(お客様のお手紙の内容)

私は最近、「清田団地ニュータウン」に一軒家を買って引っ越しをしたので「衣類用の衣装」を買い替えたくてダイエー清田店に行きましたが、「売り場に1個」しか残りがないので「追加の予約注文」をさせてもらいました。

その時に対応してくれた男性は背が高い男性でしたが、

「これから追加注文するので1週間くらいかかりますが、よろしいですか?」

と聞かれたので丁寧な接客をする人だと思い、ダイエーのファンになりました。

 

でも驚いたのは、「先週まで売出しに出ていた商品なので、売出し価格の安い値段で注文しますので、いくらいくらになりますが、よろしいでしょうか?」と聞いて下さったのでさらに驚きました。

私の家の近くのホームセンターにも同じような透明な衣装ケースは売っていましたが、従業員はいないし、接客する気はない人が忙しそうにしていたので買うのをやめました。

 

主人の休みの日に車でダイエー清田店に行き、車に入る数だけ買うつもりでしたが、入荷が1週間後なのでまた主人の休みの日に一緒に行ってもらい、「頼んだ衣装ケース」を買いに行きました。

でも、たった1週間しかないのに「衣装ケース」だけでなく、売り場には「食品に使う保存容器の透明なもの」も展示してあったし、「園芸用のプランター」も欲しかったので安く購入させて頂きました。

いろんなサイズの衣装ケースを見ていると欲しくなったのですが、主人の車には入りきらないので諦めようとすると、こう言われました。

 

お客様、「ダイエー清田店」だけはお客様が購入した商品をトラックで自宅まで「無料で運ぶサービス」があるので利用しませんか?

「私がドライバー」なので傷つけないように運ぶので、欲しい食品や医療品や、大きなトレットペーパーやティシュの箱などゆっくりお買い物をしてから私を呼び出して下さい。

お届けする時に、もし、お客様が自宅にご不在の場合は、「オリコン」というプラスチックケースに蓋があるものを玄関の前に置いて置くので安心です。

それにもし、誰かに盗られても「同じ商品」をすぐにお持ちしますのでご安心下さい。

何度、盗られても「私が必ず同じ商品」をお持ちしますのでどうかご安心下さい。

と言って名刺を渡して下さいました。

 

主人も自分が欲しいものをたくさん買って、レジで精算してから電話しようとすると、パートの女性が「吉岡さんならすぐに見つかるので店内放送をかけますね?」と言って下さり、走ってやってきた吉岡さんが「こんなにたくさんの商品を買って下さり、ありがとうございます」、と言って下さいました。

 

普段、愛想が悪い主人も吉岡さんが気に入ったようで、色々欲しい物があるようで、「いつ安くなるのか?」を聞いてみると、こう言われたそうです。

 

「今度、釣り道具専門店のイベントがあるので、そのイベントのご案内チラシを送りますので、お買い物に来る日がわかったら「ダイエー清田店の交換手」に電話をして下さい。

 

「ダイエーは週休2日制」なので「私がいない日もある」のでご主人の都合がよい日が決まったら「ダイエー清田店の交換手」に私の名前を言っていつ来れるか教えて下さい。

 

「電話交換手の女性の声」は若く聞こえますが、実は50代の背が小さい女性ですが、声だけ若いし、私がよく無理を言うので、時々、ケーキを買って持って行くので「私の名前」を言えばすぐに私に電話をくれるので確実です。

私のアパートは、美園のボロアパートの「ピンク電話」だし、「管理人の呼び出し」なので出かけている日もあるのでそのほうが確実です。

と言って下さいました。

身も知らない私たちにここまで丁寧に寄り添ってくれる従業員がいるダイエー清田店を私は大好きになったし、お礼を伝える気持ちが溢れたので、店長宛に手紙を送りました。

 

注)私は1982年の時点は「防衛省の陸将補」なので、「防衛省の武器製造の取引先」や「コンピューター関連企業」からよく電話が来るし、「武器の製造現場の問題」が起きると2泊3日で現地へ飛ぶので、「防衛省幹部用の特別な電話」を持っていた時代です。その特別な電話番号を教えたのは「ダイエーの交換手のトップ」の人にだけに教えていたので、「ダイエーの緊急事態」の電話も時々かかってくるのでダイエーの売り場にいない時はカバンの中に携帯電話を24時間入れて持ち歩くのが普通でした。

最初の携帯電話機は「大きくて重くて邪魔だ」と「NTT」に文句を言って改造させました

次に渡された「私デザインの携帯電話機」

 

 

私はお客様からお礼の手紙を「戸屋店長」から預かり、お客様の許可を得て、お客様の名前だけ消して、大きく拡大コピーして「売り場」に張り出し「商品の横に展示」しました。

「こんなお礼のお手紙をお客様から頂きました!ありがとうございます」とPOPに大きく書いて張り出しました。

 

その手紙を見た途端、アイリスオーヤマの大山健太郎社長は売り場で泣き出してしまい、「この手紙をコピーさせて欲しい」と言ったので、「従業員にだけ見せる許可」を出して「原文の手紙」をコピーしてあげました。

アイリスオーヤマの大山健太郎社長は「製造メーカー」ですが、「ダイエーとは直販」にしたので、その分、私がいるお店の仕入価格も安くしてくれたので、「ダイエーの物流センターに直接納品」できるように私がしたし、Amazonでも売っているのでよく売れています。

  • 1989年(平成元年): アイリスオーヤマの本拠地を宮城県仙台市へ移転する(現在の角田市などに大規模工場を展開)。

 

 

1990年1月から「札幌の社長会」にもアイリスオーヤマの大山健太郎社長がやってきたので、懐かしくてハグしてしまいました。

 

1991年(平成3年)9月: 園芸用品のブランド名だった「アイリス」と、社名の「オーヤマ」を組み合わせて「アイリスオーヤマ株式会社」へ社名変更する。

アイリスオーヤマの大山健太郎社長にはいろんなアドバイスをしましたが、私は1996年(37歳)でダイエーを辞めましたが、大山健太郎社長からはいろんな電話が来たし、会える時は会って食事をしていました。

 

 

2009年(平成21年): 本格的に家電事業へ参入。

「アイリスオーヤマの家電」を作っている人は、バブル崩壊で「リストラされた家電メーカーの社員」たちです。

いろんなアルバイトをしていたようですが、「最低の給料でいいし、家電の開発に携われるなら是非雇って欲しい」とリストラした社長たちに頼まれたので、日本中の家電メーカーの元社員がアイリスオーヤマの「オリジナル商品」を作ることに私が決めて大山健太郎社長に伝えました。

最初は、アイリスオーヤマの物流センターの隅に「家電製造コーナー」作り私も一緒にいろんな「新製品のアイデア」を出しましたし、一緒に飲みに行ってこれまでの体験や家族との苦悩の話を聞いたので、

大山健太郎社長に「できれば売れた商品の利益還元システム」を作って「死ぬまで働きたい人は働かせてやって欲しい」とお願いしました。

 

アイリスオーヤマが本格的に家電事業に参入した(2009年)当時、国内で家電製品の本格的な生産や開発を主導した最初の主要拠点は、「宮城県角田市の角田工場」です。

アイリスオーヤマの家電などの製造工場は、日本国内および中国、アメリカ、ヨーロッパ、韓国などの海外にあります。

アイリスグループ全体としては、国内外に合わせて38の工場(うち海外18工場)を所有し、それぞれの地域や市場の需要に合わせて製造を行っています。

家電メーカーが海外に工場を出すと連絡が来た時は、まず、アイリスオーヤマの人たちに声をかけると、「若くて外国で働きたい社員」を紹介してくれるし、「技術の問題」は電話とFAXで昔の会社の人間にやり取りするので、現在の家電メーカーの会社の社長たちもリストラ後の行き先が決まったと喜んでくれています。

 

 

日本で最初のLED電球は、2009年10月にパナソニックが発売した一般電球形の「LED電球第1号」です。

 

 

2010年(平成22年): アイリスオーヤマが「LED照明事業」へ参入。低価格なLED電球などで市場に衝撃を与える。

テレビCMで「パナソニックのLED電球」のCMがでたので、パナソニックの大坪文雄社長に私が電話して「LED電球の設計図をアイリスオーヤマに送るように指示した」のでバカ売れです。

 

大坪文雄社長の電話の内容

 

なに?「LEDの特許料」をどうするかだと????」

アイリスオーヤマが儲かってから払ってやるわ!

 

それより、俺が大事な話をする前に余計なことはごちゃごちゃ言うな!

 

誰がパナソニックをクビにした人たちをアイリスオーヤマにいかせたのを忘れたんですかねえ?

今の話を松下幸之助さんが聞いたらきっと泣くだろうなあ・・・。

偉くなりましたね、大坪文雄(おおつぼ ふみお)社長!

 

私は松下幸之助さんに「パナソニックグループの社長になってくれ!」と何度も頼まれた人間だし、「全グループの役員会議」でも社長を承認された人間なので、いつでも私が言えばあなたをクビにできる人間です。

 

「大坪」という名字は、大きな底が壊れた壺を土に埋めて、周りの人に「大きな壺だから家に隠してあるお金をたくさん入れろ!俺が守るから!」とお金を入れさせて、突然、つぼを壊してトンズラした「金儲けに汚い人につけた名字」ですが、「私や松下幸之助さんの恩」を忘れて「会社の金」を盗み続けているのですか?

 

あー、嫌だな・・・俺、今度、パナソニックグループの役員会議に出て今のことを話すし、全従業員にも伝えるので、あなた取締役員会議でクビになりますよ!

 

ひとつ、クビにならない方法は、「メーカーを問わず、LED電球にしたらいいですよ!」という全国CMをバンバン出して、「アイリスオーヤマのLED電球」も売れるようにしてあげて下さい。

 

それと、「設計図と一緒に部品」も一緒に送ってあげて下さいね!

お金持ちはパナソニック製、貧乏人はアイリスオーヤマでいいでしょ!

 

今度、また同じことを言ったら、パナソニックグループに貸したお金を一気に引き上げるように都銀に指示するので、「貸しはがしのプロ」が会社に行っても文句言わないで下さいね!

 

本当に顔も態度も悪そうな大坪社長!!聞いてるのですか!!!

返事くらいしなさいよ!!じゃあね、よろしく!

 

2018年(平成30年)7月: アイリスオーヤマの創業家3代目となる大山晃弘が代表取締役社長に就任し、大山健太郎は会長となる(現在はグループ全体で食品、ヘルスケア、ロボット事業などへも多角化)。

私の融資したお金を返せた合図が、「会長職」です。

  • 2026年(令和8年)1月: ロボティクス企業のSEQSENSE(セックセンス)をグループ会社化する
 
 
 
 
「アイリスオーヤマ」はまだまだ小さい会社ですが、日本の電気産業の従業員を下支えしている企業だし、どこのホームセンターでもアイリスオーヤマの商品は売っているし、パナソニックも売っているので、お好きな家電店とホームセンター でお買い求め下さい。
 
 
 
当然、「テレビCMの役者」を決めるのも私の仕事です。
 
だって日本中の映画会社に多額のお金を融資したし、いろんな役者を映画に出してやって大ヒットしたので、「CM出演」くらいタダでやってくれる役者はたくさんいます!
 
私が役者を見て「ラフ原稿のストーリー」を作るので、ほとんど「アドリブで撮影」するので撮影時間も短かいので助かります。
 

 

 

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