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「四方文殊褒章」をもらった祖父 1

中学生の頃、毎週のように祖父の「人生経験」を学びに行った時、「ある勲章」の話しになりました。

祖父は、頭は良い人ですが、「勲章」をもらえるほどの人だとは思わなかったので、詳しく話しを聞いて、驚きました。

まず、祖父がもらった勲章は、「四方文殊褒章(しほうもんじゅほうしょう)」という勲章ですが、そういう名前の勲章は、誰に聞いても知らないと言われます。

「勲章」をもらったことを母に聞いても知らないし、学校の先生も聞いたことがない名前だと言うし、町の古老たちに聞いても誰も知らないので「嘘を言ってるんじゃないか?」とまで言われたので不安になり、翌週、詳しく祖父に聞いてみました。

まず、「実際にあるならその勲章を見せて下さい」と言うと、祖母に言って、タンスの奥に隠してある勲章を持ってきました。

桐の木箱に入った勲章と、丸めた賞状を見せてくれた祖父は、こう言いました。

こんなもん、欲しくて、俺は人のためにやったんじゃないが、誰かが勝手に申請しやがって、この片足で表彰の席に行かなきゃいけなかったので、辛かったぞ!

だってな、俺たち戦争へ行った人間が表彰される時は、偉い上官が戦争でたくさん人を殺した時か、それとも、戦争の最中に誰かを人助けした時だけだから、勲章をもらうほとんど奴は、手が無いとか、両足がないとか、目が見えないとか、爆撃か砲撃を浴びた人間を表彰して、戦闘を鼓舞する意味が多いんだ。

実際の戦争は、毎日が命の奪い合いだからこそ、お互いにお互いの命を守るのは当然のことだから、誰も勲章欲しさに戦うバカな奴はおらんのさ。

たまに、一番後ろで、じっと、小兵がどんどん死ぬのを見ていた奴が、勝てそうな時に最後に最前線まで走っていって、「嘘の人助け」をした奴がよく勲章を申請するので、俺たち兵士の中では「勲章をもらう奴は、ずるく生き残った奴の証さ」、と言ったもんだ。

だってな、最前線でたくさん功績を上げたり、仲間を救った奴がいても、最後に死ねば勲章はもらえないんだぞ!!!

俺もそういう素晴らしい仲間を何人も見たが、一番後ろで威張っている奴ほど、勲章をぶら下げて威張っているのさ。

俺たち小兵は、ただの「捨て石」だから、仕方ないけどな・・・。

珍しく祖父が、声を押し殺して「悔し涙」を流していました。

【金鵄勲章(きんしくんしょう)】とは、戦争の武功により日本軍から授与された武功勲章

  • 功一級:天皇直隷部隊の司令官など
  • 功二級:功労ある将官、最高位の佐官
  • 功三級:将官の初叙/功労ある佐官・尉官の最高功級
  • 功四級:佐官の初叙/功労ある尉官・准士官・下士官の最高功級
  • 功五級:尉官の初叙/功労ある准士官・下士官/兵の最高高級
  • 功六級:准士官・下士官の初叙/功労ある兵
  • 功七級:兵の初叙

 

だから、俺に勲章を申請した奴に言ったのは、絶対に、戦争に関する勲章はもらわないので、もし、そういう申請をしていたら、お前とは「絶交だ」と、言ってやったのさ。

その勲章の申請をしたのは、誰?

知事さ。北海道知事の堂垣内尚弘(どうがきないなおひろ)よ。

あのバカたれは、何か困ったことがあると、いつも俺のところに酒1本を持ってやってくるんだが、「俺は酒は飲まん!」と言っているのに、いつも、酒を持ってくるバカなやつさ。

議会で揉めた時や、東京の国会議員たちがやってきて、無理難題を押し付けて帰るので、いつも、どうしたら良いのか、俺のところに聞きに来たのさ。

その人は、偉い人なの?

まあまあ、だな。

北海道で「知事」は一番上の役職だが、日本全体から考えれば「地域の知事なんて、クソよ。」

国会議員たちは、国の政治の権力を示すために、国家予算の一部を北海道のために予算を取ってきたと威張るが、その国の予算と同額の予算を地域は組まないといけないのさ。

つまりな、国は2億円の予算をつけて、北海道のどこかに高速道路とか、橋を作るとするだろう。

そうすると、それと同額の2億円を北海道も予算をつけて計上しなきゃいかんので、北海道知事は頭が痛いのさ。

 

どうして、国の予算がついたのに、北海道は頭が痛いの?お金をもらえるんだから、良いことじゃないの?

バカか、お前は!

国がタダで、お金を出すと思っているのか?

そんなことを中学生になっても知らんのか、バカもん!

いいか、「国が予算をつける」という意味は、国会議員がこれだけ働いたのだから、使う業者はお前たちで決めて良いと言うが、実は、その2億円を引っ張り出した国会議委員に「お礼の意味」で、同額か、それ以上のお金を渡さないと、次の予算をもらえないのさ。

だから、全国で国からお金をもらっている県、市町村は、全てその「お礼のお金」を捻出しなければいけないので辛いのさ。

どうやって、その「お礼のお金を集めるの?」

簡単なことさ、国の公共事業に参加したい建設業を奴らを決めてから、裏で「賄賂(わいろ)」を集めるのさ。

その賄賂の金額を裏で決めてから、表で「次の橋の工事は、◯◯建設に決定しました!」と市の広報で流せば良いのさ。

だから、最初に国の仕事を受けたA社は、下請けのB社に、もっと安い値段で工事をやらせて、「その差額を渡せ!」と言い、B社は今度、C社を見つけて、同じことを言うのが、建設業界のやり方なのさ。

下請け業社も、孫請け、ひ孫請けと、どんどん下がった最後に地方の建設会社に仕事は来るが、表予算はとはかけ離れた嘘の安い予算で工事をさせるので、死人が出ても知らん顔、怪我人が出ても自己責任と扱われるのさ。

「今は、そんなことはありません!法律で決まっていますから!」というバカもいるが、そんな簡単に、この「国の仕組み」を変えることなどできないさ。

いいか、この国は、建設業で、今、成長しているんだぞ!

わかるか?

俺たちの時代は、戦争の武器を作る会社が一番、儲かったのさ。

戦争が終わると、鉄道だの、港の工事だの、道路を広くするなど、いろんな工事をするだろ。

その全ての工事を請け負うのが、「建設業」さ。

だから建設業に関わる奴らに、「正直な奴」なんて、いるわけないので、お前は絶対に、建設関係にだけは行くなよ!

それと、行政の関係者にもなるな!

つまり、公務員にだけは、絶対になるな!

あいつら公務員は、もっと酷いぞ!嘘つきの塊さ!

なんでかって言うと、そういう建設業の裏の実態を全部知っているくせに、「自分達は法律どおりに仕事をしているだけです」と逃げる奴らだからさ。

その公務員に、裏金を渡しているのも、国会議員だから、結局、この国は、嘘で固められた制度で運営するしかない国だから、俺がここでいくら言っても、何も変わらんのさ。

「同じ穴の狢(おなじあなのむじな)

って、言葉を知っているか?

一見関係がないようでも、実は同類・仲間であることのたとえの言葉だが、行政の奴らも、国会議委員も、地方議員も、市町村で威張っている奴らも同じという意味さ。

だから、堂垣内尚弘が知事になった時、言ってやったのさ。

 

お前が戦争の時に、どういう立ち回りをしたのかを俺は全部、生き残った部下たちから聞いている。

同じ戦争に行った人間としてのよしみで、これだけは言っておく!

「親、先祖に恥じない政治家になれ!」

俺が今日、伝えたいことはこれだけだ!と電話で言ってやったのさ。

そうしたら、部下を連れて、高級車で家の前にやってきて、同じ戦争を戦った仲間として、貴重な意見をありがとうございます、と言いやがったのさ。

俺は、塩をぶつけて、「今すぐ、帰れ!」と言ってやったのさ。

「お前のような戦争で恥をさらした男と同じ戦争を戦ったことは、悔しい思い出だからこそ、お前は二度と、俺の前に顔を出すな!」と追い返しのさ。

それからよ、毎日のようにやってきては、玄関の前にお酒を2本置いていくし、そのお酒を放置しておいたら、翌日は、さらにもう2本、酒を持ってきて、4本並べて置いていくのさ。

 

次の日も、その次の日も・・・雨が降ったり、雪が降ってきても、奴は、俺の家の玄関の前に酒を並べ続けたのさ。

子供たちが「玄関にたくさんお酒があるので、入りづらい」と言うので、全部、のんべえが集まる老人会に寄付してやって、次の日を待ったのさ。

次の日に、堂垣内尚弘が来たので、玄関の土間まで入れてやったのさ。

そこで奴は正座して、「これまでの非礼を心からお詫びします」と土下座したのさ。

「わかった、もうお前の気持ちはわかったので、もう、帰れ!もう、二度と俺の前に顔を見せるなよ!」とだけ言ったのさ。

そうしたら、今度は奴が反撃に出たのさ。

 

「岩渕さん、私はこれまで頭ごなしに怒られた経験がありませんでした。

家柄もよく、育ちも良いせいか、子供の頃から全て周りの人間たちがやってくれたので、今、知事に当選しましたが、自分が何をするべきなのが考えていた時に、岩渕さんからの電話でした。

ガツンと頭を殴られたような、貴重なお言葉をありがとうございます。

自分は少しだけ頭がいいと思っていましたが、岩渕さんが言う言葉の意味がわからず、周りの部下にも聞きましたが、誰もあなたの真意を解ろうとはしませんでした。

私も最初は、タダの庶民の愚痴かと思っていましたが、よくよくあなたのことを調べると、片足を無くして「傷痍軍人」となられたのに、「芦別市の傷痍軍人リスト」に名前が無いので驚いたのです。

芦別市長に聞いても、その理由がわからず、いろんな人に聞いてやっとわかったことは、

戦争で死ねかなった人間が、なぜ、生き残って帰ってきて表彰されるのか!わしは、わからん!

もし、表彰するべき人間がいるとしたら、戦争で死んでいった奴らか、それとも命を捧げた子供を産んだ母親を表彰するべきだ!

だから、わしの名前を勝手に、傷痍軍人リストに載せるな!

と担当者が怒られたと聞きました。

 

「戦争へ出兵する時は、全員がどこの誰かを用紙に書いて出兵する理由は、二度と生きて帰ってこれない最後の人間としての証(あかし)だからこそ、生き残った人間なぞ、いくらでも捨ててくれ!

戸籍謄本からも抹消していいぞ!」

とおっしゃったらしいじゃないですか?

その言葉を聞いて、自分の愚かさを初めて気づきました。

なので、お願いです!

どうか、時々でいいので、私がこの国を良い方向へ向けるために迷った時、相談に来て良いですか?

と言いやがったのさ。

高級そうなスーツ姿で、土間に土下座している北海道知事と、玄関の外で部下二人も土下座していたのさ。

親分がすることは、何があっても支えるのが子分の役目だから、役人のわりには根性がある奴だと思ったので、「時々ならいいぞ!」と言って追い返したのさ。

そこからよ・・・、毎日のようにやってきて、議会の名簿を広げて、誰にどの役目を与えたら良いのか、他の社会党や共産党の奴らと、どう付き合ったら良いのかを相談されたのさ。

どう、答えたの。

結局、北海道の政治家なんて、東京の中央の人間のいいなりで生きるしか無いので、政治家としての「生き残り方」を教えてやったのさ。

どうしてじいちゃんが、「政治家の生き残り方」を知っているの?

政治家の生き残り方は、俺は知らん!

でも、俺は、戦争で生き残った人間だから、どんな覚悟で戦いに行ったのか?

どんな思いで今、生き残っているのかを毎日、毎時間、悩み苦しんでいるから、その言葉だけでも聞きたいと、結局、自民党も、社会党も、共産党の北海道のボスたちが、全員、俺の家にきて、頭を下げて教えて下さいと言ったのさ。

やあ、面倒くさい奴らだったが、すぐにわかったことを教えたさ。

自民党・社会党・共産党の北海道のボスたちに、俺はこう言ってやったのさ。

お前たちは全国の中央の国会議員から見れば、クソみたいな奴らだ。

特に、この北海道なんて来たこともない東京の官僚たちが勝手に絵図を書いて、北海道のためなんて言って、公共事業の予算をジャブジャブつけるもんだから、困っているだろう。

だからな、これからはお前たち3人で力を合わせろ!

敵の敵は、味方だぞ!

そして、国会がどさくさになるような「政治のタイミング」が来たら、この男、堂垣内尚弘を国会議員に担ぎ上げろ!

国会議員になるときの政党は、「無所属」で出ろ!

お前たち社会党も、共産党も、北海道から国会議員を出すのは今の実力じゃあ、無理だろ!

だから、本部が何を言って無視して、お前たちは北海道から初めての国会議員を出すことに力を合わせろ!

こんな北海道の田舎で歪みあっても意味がないし、無断な金を使うだけなので、いろんな賄賂も含めて3人で裏金を出し合って、この堂垣内尚弘を国会議員にしてやれ!

堂垣内尚弘が国会議員になったら、東京で直接、社会党と共産党のトップに挨拶に行って、「この二人がいづれ、国会議員になるので協力します」と言っておけ!

それだけで、もう東京の本部の関係は太くなるので、北海道の政治はやりやすくなるぞ!と教えてやったのさ。

嬉しかったぞ!本当にあの3人が協力しあって、堂垣内尚弘を国会議員に押した時はな・・・。

じいちゃん、涙・・・。

※1946年 堂垣内尚弘知事 当選!(公選7代か〜9代北海道知事)

この続きは明日です。

 

 

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