ご先祖がつないでくれた命に感謝

2007年、明けましておめでとうございます。

新たな新年を迎えて皆様は、新しい時代の風を感じられていることと思います。

北海道は年末年始、珍しく雪もふらず、暖かいお正月になりました。(0度前後ですが・・・)

 

つい先ほど、私の実家と妻の実家へお正月のご挨拶を終えて帰ってきたところですが、今年はなぜか、「ご先祖のことを調べよう!」と、妻の両親と私の両親に、子供の頃のいろんな話を聞いてきました。

明治2年(1869)、蝦夷地から「北海道」へ改名してから移住してきた人たちのご祖先たちの働きで、今の北海道があります。

今年で北海道移住から138年目です。

 

調べてみると、私の実家の土地へ初めて移住した人たちは、明治26年に入植していました。

先住民のアイヌ民族の土地へ移り住んでから、私達で4代目になります。

私の家が、小学校の近くにあるせいで、いろんな歴史のことをすぐ近くで見つけることができました。

一番最初に入植した方は石川県の方で、当時から、”わたしたちは、神に生かされている”ことを残した伝えるすばらしい文面が、開拓の本のなかに残っていました。

私の父方は、富山県から、母方は、岩手県から移住していました。

妻の父方は、現在、小樽在住ですが、新潟県から、母方は、石川県から移住してきています。

 

北海道へ最初に移住したときの話を昔、亡くなったおじいちゃんに聞いたことがあります。

何もない林の中に数軒の人が移り住み、皆で一緒に雑林を切り、切り株を馬と人力で引き抜き、田畑を、ひとつひとつ作っていったそうです。

その頃移住した人たちは、武士や平民や商人や差別を受けた人たちが一緒に住み、お互いを差別する事もなく、必死に生きることに力を貸し合っていたそうです。

 

北海道の中心地 札幌は、まもなく200万人の都市になりそうですが、田舎の郡部においては、今回、本当に過疎化が進んでいるのを感じました。

私が育った学校は、小学校と中学校が一緒でした。1学年1クラスで、一番多いクラスでも30人しかいませんでした。

 

でもこの学校の2007年の小学校にあがる児童数は、6人だそうです。

この街に住む人が減り、開拓の人たちが住んだ家も取り壊している状況です。

 

今回、ご先祖たちの名前や出身地や、何をしてきた人たちなのかを知りたいと思った理由は、自分の存在に対する感謝を深めるためです。

ご先祖に感謝するとき、一番大切なことは、ご先祖が、どう生きてきた人なのかを知ることだと思います。

 

形だけで、お墓を立てたり、立派な納骨堂を買ったりするより、ご先祖たちのことを知ることが、一番の供養だと私は思います。

ご先祖のことを父母や祖父母に聞くとき、必ず、家族の苦労や悲しみも一緒に知ることになります。

 

今回は、妻の母方には、子供がいなくて、もらいっ子をして、結婚させて名前を繋いだことがわかした。

将来へ向けた大切な生きる命をつなぐとき、ご先祖たちがどう生きたかというスピリッツ(精神)を学び、伝えることが、一番、大切なことだとは想いませんか?

 

私もいつか、石川県や新潟県、富山県・岩手県へ足を運ぶチャンスがあったとき、ご先祖たちが守っていた土地があったことを思い出し、心から手を合わせることでしょう。

土地には、全ての人間の情報が眠っています。死ぬことを”土に帰る”という言葉が残っている意味は、もともと、土に生かされ、そしてまた、土に帰る存在が、人間だということです。

 

今のすばらしい発展した時代に、大切なことがわからなくなり、混乱や苦悩する人が多いですが、生き方を迷ったときには、ぜひ、自分のご先祖の事をしらべてみてください。

自分の存在の意味を知ってください。

そして、そのあなたが代表で、ご先祖に手を合わせることです。

 

全ての感謝は、ここから始まるのだと思います。「存在への感謝」、このことをあなたのお子様達にも教えてあげてください。

 

自らの存在に感謝し、愛の地球が、もう一度、復活する活動をする人たちが増えますことを祈ります。

2007年の皆様の発展と繁栄を祝して、ありがとうございます。

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