「無」とゼロの世界

「ゼロが無くなる」意味についてもう少し詳しく考えてみましょう。
もともと数学の世界では「ゼロの発見」以来、それを超える発明がないと言われるほど偉大な発見とされていますが、インドの数学者や世界の宗教学者、神学・哲学・物理学、また中国の老子が説いた「無」においても解釈は多少し違いますが、この現実世界のことを見る視点として大きな気づきになっていることは確かです。
「ゼロの発見」以前に「マイナス(負)の世界」が先に発見されていますが、この現実世界にマイナスという概念を持ち込んことが混沌とした世の中で起きること全ての大きな問題の始まりでもあります。
中学生の頃に考えたテーマですが、この現実世界でなかで「マイナス=負の世界」とは何のことを示しているのでしょうか?痛い・苦しい・辛いことに加えて現代では「死」も負の世界に入っていますが、誰が最初にそのことをマイナスだと決めたのでしょうか?それは宗教思想からの教えと民衆の欲求願望の結果です。
この世の中で起きることはすべて「有」という物質世界だからその相対にある「無」の意識世界には、極楽や天国と呼ばれる世界があると信じ込ませ、現実にもがき苦しむ人々の意識を別な世界へと移行させたのです。
ある宗教の中には、この現実世界は魂のカルマを浄化する場であり、魂が住む本当の世界は別なところにある。だからこの現実世界こそが、バーチャルな「うつし世」であると説いているところもあります。
重要なことはなぜこの世の中で起きることをプラスとマイナス、正負という相対概念で学ぼうとしたのかという点です。現実世界が相対の世界だと思いこんでいる私たちの概念には、宗教や精神世界の全ての教えにおいて納得してしまう不思議な要素があります。
こういうすべての知識や概念を一度横に置いて、まずこう考えてみてください。
「この世の中で起きることすべては自分が考えたことが投影された世界である」
知識や経験がないことを理由に自分のせいではないという人がいるとしたら、その経験が全くない子供たちも同じだと知ってください。魂には過去世の記憶がしっかり眠っていて意識に大きく影響しているからです。
このことを真実と捉えられる人がどれだけいるかはわかりませんが、子供の頃から現実世界で繰り返されている戦争や飢餓・貧富の差を伝える歴史の意味が理解できないと感じたことは皆さんにもあったと思います。
10年前、このゼロや無の世界について三年間向かい合った宇宙の創造主はその答えをある映像で見せてくれました。そのシーンはエジプトに似た古い石の宮殿がある時代に、王様が太陽の神や月の神へ祈りを捧げる神官にこれからの時代がどうなるかを神々に尋ねているシーンでした。
そのとき神官は、王様にこう告げました。「これから新しい無という世界が私たちのところへやってきます。その無はすべての物事や意識を一瞬で消し去るとてつもない力を持っています。」王様はその言葉を聞いて驚きのあまり平静を失い嘆きの言葉をつぶやきました。「どうすればいいのだ。どう国民を導けばいいんだ!?」
その当時の神官は実は星や天体の動きからすべての物事がどうなるのかを読み取り、そこからすべてのメッセージを伝えていました。星の動きはすべての意識につながっていて、私たちの意識や現実さえも宇宙全体の動きのなかにあることを知っていたからです。
このシーンが消えて次のシーンはローマ時代の宗教者と神学者数名の会話です。「もうこのゼロの力を隠し通すことは私たちにはできません。どうか国民へ公開して下さい。」「そんなことをしたら国家の安定が保てず反乱が起きるかもしれない。今この世の中の安定のためには隠しとおすことが必要なのだ。いいかわかったな、もしこのことが誰かの口から出たら、お前たち神学者たちは全員打ち首にするからな!」
このときはっきりわかりました。無のエネルギーは相当昔からこの地球に降りようとしていたのに、そのことを人間が恐れて一部の人間の利害で意味を変え隠され続けてきていたのです。しかしインドで発見されたと言われている西暦850年のゼロの発見以前に、マイナスの世界が西暦600年前後に発見されていますので、すべての教えや考え方がそこからきているということです。
子供の頃に不思議だったのは、「なぜこの世の中に苦しみや不幸があるのだろうか?」でした。世界中で嘆き苦しむ人たちもたくさんテレビでみましたが自分で選んで生まれてきたことを知っていた私は、それを不幸だと思うからこそ、永遠に幸せをどこかに求める人たちが多いのだと思いました。「でもそれは誰が決めたの?なぜなの?」といろんな人に問い詰めた記憶もありますが誰もその問いの答えはくれませんでした。みんな同じように信じているんです。私は不幸だと。
世の中で起きることの何かをマイナスに設定すると、必ず、反対の何かがプラスに思えるのは当然です。昔々は数学も、神官が扱う神霊力と合わせて学ぶものでしたが、その枝葉にわかれたものが現代の天文学・物理学・心理学・哲学・宗教学の基礎になっています。
今、私の説明したことが正しいかどうかが重要なのではなく、あなたが考えるすべての考え方の根底に物事をすべて相対の世界で考えていると仮定してみて、それをを一度否定してみた絶対の想念世界の結果が、今思っている事と同じ答えに導けるならあなたの選択はきっと正しい事なのでしょう。
でももし、今の皆さんの概念や理論が全くなかったとして、この世はすべてがプラスの世界だと教えられてきたら、今、あなたが感じることも、未来の子供たちへ教えることも全ての導き方が変わると思いませんか?
私が昔ビジョンで見た「無のエネルギーが降りてくる」ということの本当の意味は、それまでの時代も今と変わらない相対の世界だったからこそ、その概念を一掃して、すべてがプラスであり、そのプラスをさらにプラスにするために私たちは人間として創造を与えられ、さまざまな体験を通してお互いに感じるために肉体を持ったことを知らせるチャンスだったと感じています。
確実に未来は、今あなたが大切にしている「ふつう」はありません。未来には、未来の「ふつう」があるからです。その未来の「ふつう」がこの全てのプラスから学べる時代になることを心から願います。
注意)このプラスは相対のプラスではなく、絶対のプラス、つまり、有そのもの、現実そのもののことを言っています。これこそが意識と現実が一致した世界であり、そこからすべてを学べる世界なのです。マスターはこう言いました。「私は全てであり無である。それを相対というか絶対というかはあなたたち次第だが、その意味は同じです。もっと大切なことに気づいて下さい。」
 

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