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【静岡県】三保の松原

鎌倉の関東会議を終えた翌日、静岡県清水にある有名な「三保の松原」を地元の方に案内していただきました。「三保の松原」には、こんな天女伝説があります。

 

々のおはなし。三保の村に伯梁という漁師が住んでおりました。ある日のこと、伯梁が浜に出かけ、浦の景色を眺めておりました。ふと見れば、一本の松の枝に見たこともない美しい衣がかかっています。しかし、あたりに人影はありません。誰かの忘れ物だろうと、伯梁が衣を持ち帰ろうとしたそのとき、どこからともなく天女があらわれてこう言いました。『それは天人の羽衣。どうそお返しください』ところが、それを聞いて伯梁はますます大喜び。『これは国の宝にしよう』とますます返す気配を見せません。ると天女は『それがないと私は天に帰ることができないのです』とそう言ってしおしおと泣き始めます。さすがに伯梁も天女を哀れに思い、こう言いました。『では、天上の舞いを見せてくださるのならば、この衣はお返ししましょう』天女は喜んで三保の浦の春景色の中、霓裳羽衣の曲を奏し、返してもらった羽衣を身にまとって、月世界の舞いを披露しました。そして、ひとしきりの舞いのあと、天女は空高く、やがて天にのぼっていったといいます。頃は十五夜。それは月明かりが美しい宵のことでした。

この有名な天女の松を守っているのが、御穂(三保)神社ですが、ご祭神や説明書きを読んでいると、昔は出雲の神の大国主尊(おおくにぬしのみこと)の奥さまを祀っている御穂(美保)神社の神様をお連れしたことがわかります。

島根県の美保神社には、2008年の沖縄出雲伊勢神事で訪れましたが、それまで見た事が無いくらい無数のピンクオーブ(神様)が写真に写ったのには驚かされました。

それほどたくさんの神々が守る女性の神様ですから、当時、国津神として静岡県の清水にご鎮座された意味はとても大きいと思います。

御穂神社の神様は、私のご挨拶をとても喜んで下さいました。沖縄と出雲と伊勢の神繋ぎをしていることが理由だと思います。御穂神社のご挨拶を終えると、鳥居から海へまっすぐ伸びた「神の道」を進みます。

三保の松原の羽衣伝説と同じように、沖縄本島の「森の川」にも羽衣伝説は残っています。

「人間が嘘をつくことを覚えた罪」をさいなむ伝説ですが、歴史に残る伝説の多くも、人間の愚かさ教え導く知恵として残っています。

清水の天女伝説も、相手から奪った物を素直に返さず、喜びをもらってから返すという人間の我欲と愚かさを伝説にしたものだと気づきます。

そんな事を考えながら神の道を進むと、丘の上に松林が見えてきました。一番、海側にあるのが、有名な天女の松です。

近づいて後ろ姿を見ると、その、さびしげな姿に驚きました。

苦しそうにもがきながら「見ないで!」と言っているように感じとれます。

正面に小さな鳥居と祠を置いていますが、うまく守護神が働いていないようです。

木に近づいて、富士山神事の水をご神水として繋ぎ、仲間と手を合わせました。

木の神様は、何も言わず無言です。

祈りを終えて、木の表面を軽く叩いてみると、コンコンと音が木の中に響きます。これは木の中が空洞化している証拠です。二股に分かれた木の股を叩いても、空洞の音がします。残りの1本の木の半分だけが、やっと生きているとわかりました。

木は本来、とても知能があって、栄養分が足りなくなると、お互いの根を繋いで、栄養分を与え合う知恵を持っていますが、周りの松は元気なのに、この神様の木だけが枯れ始めているという事は、神のお知らせだと言えます。

出雲の神は国津神なので、土着民族の神や土地神としての意味として御穂神社が守っていますが、天の繋がりを示す松が枯れると言う意味は、本来の天と地の繋がりが切れかかっていることを示しています。

実際に、静岡市清水区生まれの女性の話しでは、昔はたくさんの水があちこちに湧いていたので清水と名が付き、その水を求めてたくさんの工場が集まったと話してくれました。

しかし今は、ほとんどの池や湧き水を埋めてしまい、町の中の流れる巴川も、日本一汚い川と呼ばれていると話します。

砂地に立つ松は、それほど水を必要としないはずですが、神の神気や精気が無くなっている為に、このままでは枯れてしまうのは明白です。

すぐにできる対策として、この松を守る気持ちのある地元の人たちが集まって、100人祈りをするよう提案しました。

純粋な心で祈る人たちの祈りエネルギーは、育む愛を与えたり、神の力を大きくしたりすることができます。

ぜひ、静岡近郊にお住まいの皆様、お力をお貸し下さい。

祈りをする為の準備ができましたら、地球創生メルマガでご案内させて頂きます。

巴川の話が気になったので、川も見に行きました。

巴川を守る「水神社」がある場所へ案内されて驚きました。

社殿は立派ですし、横に無人の社務所もありましたが、祈りをしようとすると、神の存在が感じられないのです。

階段を上らないで下さいという立て札を無視して、中をそっと覗いてみると、そこは、ただの物置!ご神体も御神鏡もないうえに、段ボール箱や物が雑然と積まれていました。

唯一見つけたのが、家の神棚くらいの小さな祠がひとつだけありました。たぶんこの神棚が、最初の神様を祀ったものなのでしょうけれど、こんなに汚い場所に神様が鎮座できるはずもなく、地元の女性も見て驚いていました。

社殿の中には神様のエネルギーを感じませんが、どこかにいるのは感じましたので、祈りを始めると、「上に・・・上に・・・」と声が聞こえます。

目を開けて上を見ても何もありませんが、後から写真を写してわかりました。
神様が、写真にうす青く写っていました。

水を守る神様は、こう教えてくれました。

川を守っていた龍が、逃げました
あまりに人間が川を汚した為に、川の魂そのものである龍が川から離れたということは、川が死んだということになります。

千と千尋の神隠し』(せんとちひろのかみかくし)の映画を見た方はわかると思いますが、ドロドロの川の神様がお風呂に入ってきれいになると、真っ白な龍の姿で戻っていかれたのを。

人間の肉体にも魂が宿るように、自然界の生き物にも、全てに魂はあります。

その自然界の魂を代表したものが、龍なのです。

龍は、自然界の命を神や天に繋ぐ役目の魂だと覚えておいて下さい。

水が豊かだった静岡県清水の街も、これが今の現状です。

土地を守ると宣言した彼女は愕然としながらすぐに、するべき事行動を始めてくれています。

今日は、知り合いと巴川の源泉を探しに行っているはずです。

今回の体験は、日本の今の現状を見せてくれたのだと思います。

私の街は○○が有名!と宣伝して観光客を集める事には必死ですが、土地を守るはずの年長者や行政さえ、形ばかりのお祭りだけをしているところが多いのではないでしょうか?

ぜひ、自分の土地のお宮や川や池の現状がどうなっているのかご自分の目で見てきて下さい。

神社を守る神主も、本来は、土地を守る神様の番人ですので、土地の歴史を学び、知恵を子供たちへ繋ぐ教育者の役割があります。

知り合いの神主さんと話すと、お金儲けばかりに気を使い、神心が無い神主が増えていると嘆いていらっしゃいました。

どんな人間も、この大地の上にしか生活できないのですから、自分の足元の大地を守らない人間は土地神から愛されことはなく、大切な物を失ってから気づく経験をすることになるでしょう。

自然災害のほとんどは、こういう人間たちの勝手な結果で起きていますので、私は自然災害は、天災ではなく、人災だといい続けています。

自然から奪った物を少しづつでもお返しする心が無い人たちは、大切なものを未来に何も残せないことを子供に伝えなければいけない時代が来ることでしょう。

あなたが住んでいる土地の現状を子供や他人に聞かれた時に、住んでいる人は知らないでは済みません。

そこで何が起きても、全てが住んでいる人たちの責任なのです。

大人はその責任を常に考えて行動する事を求められていることを思い出しましょう。

あなたの足元を知る事は、土地の歴史を学び、年長者から過去に住んだ人の生活実態を教わり、神や仏などの信仰の対象となった理由を学ぶことは、生きる上で人間が伝え残す大切な精神を学ぶことです。

「誰かがやってくれるだろう発想」の身勝手で無責任な大人たちの行動が変わらない限り、自然界の神々は、私たちに自然災害というメッセージを送り続けることになるでしょう。

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