祭神:神功皇后、応神天皇、武内宿禰(たけうちのすくね)
梅が咲き、神気に溢れた社内は後ろの山の守りエネルギーのおかげですが、紀・巨勢・平群・葛城・蘇我氏などの中央諸豪族の祖とされる武内宿禰(たけうちのすくね)と天皇家の繋がりが強いことを感じたので、現在、歴史を調べてもらっています。
2,八柱神社(みよし市明知町)
祭神:八つの大きな神を祀っています
この社も強い神気に守られていたので裏山に回ってみると、神様から土地で亡くなった魂の因縁を外す為にプレゼントを下さいました。ここに嫁いだ女性の行動を常に見守っているそうです。
3,八柱神社(豊田市四郷町)
御祭神:アマテラスとスサノオの誓約により産まれた、五男・三女神。
(神言葉)
おわしまする神々の元、神給え、たたりましてのこと、これ神のおさめし、神たまわりの言葉となし、大神元が発しまするは、これ神の地、おわしますることの思いなればこそ、この地おわしまする神守りの民の思い、ひとつと、はせましてのこと、神給いて国守りしこと、これ儚き思いとなせましてのこと、神給わりまするは、この地の神おさめしこと、大神繋げし神元の思いひとつとなせばこそ、この地おさまりまするは神の元おさめ守りしこと、心より感謝申し上げ奉り申す。
色々な思いを持ちて納まりし者たちがここまで追われ、この地を納め守りの地と致しましょうとしたところからこの地に神を納めましたこと始まりまする。
それ儚き思いあればこそ、それまとめ給えし国立の思い繋がりし者たちを束ね、その心ひとつにする為、この地、納め守りしの神となりましてございまする。
故に、共に合わせらるる神、この地まで逃げました民の思いあればこそ、心、手 合わせますること、よろしくお願い申し上げまする。
(説明)
権力で負けて追われた人たちが、自分たちの納まる場所を探してここに来て、この山に神を納めましょうということで、最初に入った人がここを神地にした。その後からいろんな人が入ってきたんだけど、それを受け入れて共に一緒に生きましょうと、今もここに大事にしている。ここに居る人たちは、その民の末裔です。
この日は神社で近く祭事があるようで、氏子のおじい様方が掃除をしたり供物を用意したりと、忙しそうにしておられました。
4,児の口神社(豊田市久保町)
祭神:落別王(おちわけのみこ=垂仁天皇の御子)
この社だけは、普通に下の社から入る事を許されず、直接、天皇の御子に挨拶をして下さいと左うでを引っ張られました。関東でも同じ経験がありますが、祭神が天皇家の場合、私の神役目として挨拶の順番が変わることがあるようです。
(神メッセージ)
時すでに遅し、時はすでに去り行くものなり。
うしろを見るではない。時は常に前へ進んでおる。
そのことを気付けば前を向いて歩く道をただし、その心根を持つ者たちを拾い集め、心をひとつに束ねることもよし、その守りをするものたちの思いを知るもよし、それが神の道だぞ。
おまえたちが歩く道が、どのような道なのかはわしにはわからぬが、わしがこの地に来ることになった訳もわかってほしいが、それよりもこの地に納め、まもらせたもうゆく末になるまでに、何がおきたか、どのような時代であったかもわかっておいておくれ。その時の思いがあればこそ、ここにわれの魂があり、そのことを拝むものたちのこころの中にわがみすえのたまの繋がりとなる。天スメラの、父母の思いもあるのだぞ。
時には前に進めず後を振り向くときもあるだろうが、それは時にその時の思いを知るために、歩みを変えるために学ぶべき、悟るべき、知るべきことがあるからだと思い、自分の足元を知るように、土地の思い、歴史から人の心、思いを学びなさい。
そして、それが終われば前へ進めばよいのだぞ。前へ進むことこそが、われわれの願いだからこそ、多くの思いを持つものたちのこともあるであろうが、わしはその一番前を歩く役目だからこそ、その神の道を歩くものたちの心の中に、自らが一番前を歩くべき役目として、何を知り、何を思い、何を導くのかをわかっておくれと伝えておるのじゃ。だから、どうかよろしくわかっておくれな。
おまえたちが神の道開きをし、人の口を借り、子供たちに次の世代へ神の心を伝えていくのだから、よろしく頼むぞ。ありがとう。
(天無神人の解説)
ここに応神天皇の子供が連れてこられた理由、意味、歴史的な背景をまず知り、その思いをわかってほしいと言ってます。なぜこの地に来なきゃいけないのか、それがひとつ大事なんですよ。
それと教えてくれたことは、お前たちが前を歩く人たちなんだぞと。
自分の足りないところの心をもったり、後ろを振り向いて歩むのも必要だろうけども、前を進む人は前を向いてみんなの背中を見せて進むために歩いているんだから前を向けと。ただ思い通りにならないことがあったり、うまくいかなくなった時に足をとめることもあるだろうと。
そのときに足元を見、先人の人方がどのような思いをしたか、その思いの上でまわりの人たちがいろんなトラブルがあったり思いがあって、それを知らせたくて起きていることだからこそ、それをわかって、わかったらまた前に進めと。
ここは街の真ん中でしょ。だからどこでもそうなんだけど、街の真ん中のとこには大事なものが、たとえば上司でもそうだけど、力と権力が全部集まるので、トップの人ってやっぱりみんなを導かなきゃいかんのよね。
下々の末社の、下を守る民を守る役目と、上を守る人の役目は全く違うので大儀名文が全く違うです、価値もね。最初に歩く人たちって、物事を決めてみんなを導かないかんでしょ。その思いのことをわかって、こっちだよっていうことをちゃんと指し示さなきゃいかんでしょ。
そのことをやる人たちなんだから、あなたたちはどんな道を歩いたにしても、そのことを一番頭にいれておいて歩いてくれと。それが神の道だよと言っているんです。
これは普通は言わないね。こんな呼ばれ方して、他の末社に挨拶する前にここに呼ばれて、直接、天スメラの、国を守り、国の魂の神元の魂をここに繋いだ意味、それを導いた人たちの思いの意味というところがあるからだろうね。
だからこういう入り方をしてるんだけど、だからそれぞれ守る神たちの思いはあるけども、逆に神事で下から入る理由は、実はいろんな封印されて神の名を変えられている社が多いでしょ。本当のことを知りたくても言えないんだよ。
一番上の神って名前変えられてるのが多いからね。
だから下から順番に聞いていくと、しだいにわかってくるんです。ちょっとずつ、ちょっとずつ、大切な秘密を知ってるからね。ここの場合は裏も表もなく、この存在そのものなんです。だからこそ、まずわしの話を聞けと。裏も表も何もない、私は天スメラの子で、意味があってここに来ていると。まず、その意味を知れということでした。
う~ん、すごいなと思ったなあ~。こういう呼ばれ方するんだなあと・・・。上の方がこう言うと、下は余計なことは言えなくなるんですよ。
殿様がしゃべっているようなもんなんでね。それだけあなたたちを大切に思って期待してくれているという意味ですよ。
最後に、弁財天からのメッセージです。
(弁財天メッセージ)
これからあなたたちが進む道の調べとして、いくつかの証をあたえましょう。
あなたたちが神に見守られている証として、葉が揺れるときがありますし、鳥の声が、さえずりが聞こえるときがありますし、風が葉の音を伝え、さわさわと伝えるときがありますし、軽く地が揺れるときがありますし、水の流れが、水滴が落ちる音が聞こえるときがありますし、短い時間雨粒が下りることがありますでしょう。
それは全て、わたしたちがあなたたちへ伝えている神の見守りのしるし合図ですので、どうかいつも共にいることを忘れずに働いて下さいませ。よろしくお願いいたします。
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5,挙母(ころも)神社(豊田市挙母町)
御祭神:高皇産靈神(たかみむすびのかみ)、天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇々藝尊(あめにぎしくににぎしあまつひだかひこほのににぎのみこと)、天萬栲幡千幡比売命あめよろずたくはたちはたひめのみこと)、天之水分神(あめのみくまりのかみ)、国之水分神(くにのみくまりのかみ)
二度目なるこの神社は、命を授かるお母さん神社として地元の方もとても大切にされていますが、今回、この針塚で強いカカリが入りましたので、この針塚の歴史と意味を調べてもらっています。
6,前山秋葉神社(豊田市明和町)
祭神:不明
(神言葉)
郷主と思われれば、この思いわかる者減り行く事、悲しみぞ。この土地に神を繋ぎ賜う者達がいた頃の時代は、ずいぶん前だからこそ、その者達の思いがどこにあるかをわからずに手を合わす者達が多い事も悲しいぞ。
わしがこの地に神として呼ばれた思いは、いろいろな災い 薬害 病 病気が立て続けに起きたがゆえに、何とかこの薬害を押さえこんではくれぬかと村の長が探し回り、その苦行を押さえる神として山の神より繋ぎ賜うた神としてここに呼ばれたものである。
人は健康を取り戻せば、辛き日々の事も忘れ、ついついおざなりにするものだが、天候こそが普通であると思うならば、神なぞいらぬ。
女が命を生み出し、また、側妻である事、それすなわち、神の思いに見守られしその思いの中で生かされし事なればこそ、その側妻なる感謝を神の元にて手を合わすは本来ではないか?
なぜ、それが正しく伝わらぬかはわしは悲しい。この思いぞ、国を守る人、土地を守る人、神を守る人達が繋ぎ賜えてこそ、健康であること当然と思うなかれと思うような事が起きぬよう願うのであれば、ひとえにそれは母の心の教えであり、また国を守る家長、先祖、男達の思いであり、その側妻を守り続ける願う先祖達の思いがあればこそ、ここに神がおるのではないか。その事だけはわかっておくれ どうかよろしく頼む。
悲しいことですが、こういう扱いをしている神社が全国に多い事は知っていますので、土地の神様を大切にしたいと思う心がある人は、まず、自分が住む土地の歴史を調べたり、神社庁に問い合わせるとかして、神を最初に祀った人たちの意味や目的を学んで下さい。それこそが、母が教える父が教える神心だと私は思います。
氏神巡りが終わったので、全員の人に自分が気になる場所を出してもらい、そのひとつに行きました。本来、山の上に祀られていた神様を宅地開発で山を削る為に神様を動かした場所です。
7,御嶽社(豊田市野見山町)
感じやすい方は見ているだけで神々の怒りが体に感じるはずですが、久しぶりにきつい怒りのエネルギーに満ちあふれている場所でした。
祀られている山神たちの思いを聞くと、元々、あった自然神の神ラインが切れていたことで神仕事ができないと怒っていたので、全員を下がらせて一人で天地繋ぎ、神繋ぎの儀式を行いました。なぜ、全員を外したかというと、動かすエネルギーが大きい為に体の痛みや苦しみを感じてしまうからです。
この神に繋いだ力は、霊力のある修験者たちですので、天地六番の繋ぎと、地天空五番の繋ぎをここに納めました。これでもう、二度と、霊場になることはないでしょう。
この山の頂上に、祀られている神社があるというので行きましたが、すぐに修験者たちの社だとわかりました。
8,野見神社(豊田市野見山町)
豊田市全体を見渡せる素晴らしい場所で、神エネルギーもしっかり繋がっていました。ただただ自然の神々の恵みを頂く感謝祈りをしていた人たちが、今もいることを感じてうれしい気持ちになりました。
人間全体を見守る大きな神を愛する心は人を愛する時の学びにもなりますし、歴史を勉強する事で先人の思いを知る事ができます。
本来の気付きは、自分の我神と天神を一体化させることこそ学びの基本なのですが、他人との思い違いから学ぶ段階も気づきの一歩なので、過去を見すぎず、今を見すぎず、学びをひとつ得たら前へ進みましょう。
私たちは、まだ、生かされているからこそ、昨日よりも今日を喜びに溢れさせる工夫ができます。
社会や誰かを変えようとするよりも、あなたが今よりも大きな心で楽しく生きることこそ、大神の思いを実現する一人なのだと信じて、どうぞ、前へお進み下さい。