日本神話の本当の意味 2 売布神社 速秋津比売神 の封印(出雲)

●啓示・神事・祈り

2013年12月10日に、出雲へ向かう途中の中国自動車道で降りたメッセージをまずお読み下さい。

(女性の声で聞こえました)

この思いをわかる事ができるのは、あなたたちしかいないと思うので伝えておきたくて、お知らせしたくて来ております。

それはあなたたちがこれからしようとしていることの中で、この思いを汲み取ってくれるかどうかがとても大切だからですが、このことについて公にするかどうかはお任せいたしますが、わかってほしい思いをお伝えさせて頂きます。

わたしたちは、この地、中国道のあたりを守っていた民族であり、それはいくつもの民族がたくさんやってきて、この地の各地に住み着いていた時代がありましたが、そこへやってきた「大いなる神」と言われるものを持ってきた方たちが、それまでのやり方を改めよ、そして、神の所在を変えよと、そして、それまでいた巫女や神官やその役職さえも立場をわきまえ、身の振る舞いを変えよと言われ、自分たちが大切にしてきた思いさえも、ないがしろにされた思いがたくさんございます。

その思いこそが最も大きな思いであり、その思いにのるたくさんの人々の御霊、そして、そのことを伝え残せずに今も守り続けている方たちがいますが、誰もがこの国における様々な民族の話や神の思いを紐解いてくれないからこそ、こうしてお伝えしているのです。

我々が知って欲しい思いは、たくさんの民族がそれぞれの神をつれてこの地に安住の地を探し、ここから先祖や世界の平和や万国共通の祈りをしていたということを知って欲しいのです。

その事がたくさんの神の思いのひとつとして丸められているからこそ、その紐解きも含めて、どうか、手、心あわせて下さればうれしく思います。

男神様、よろしくお願いいたします。

わたくしたちは巫女たちを通して、そして、神の思いを通して、節々にその思いを伝えてまいりますが、その時に誰かを問う心がないということだけはわかっておいて下さいませ。

その事だけ、お伝えさせていただきます。ありがとうございます。 

今回の出雲神事の祭祀役は、出雲に強い魂記憶がある関西神男にお願いしていました。

参加した巫女達の中から先頭となる巫女二名を選んだ理由も、一人一人の魂の学びが大きく影響し合う神事だと感じていたからこそ、全ての責任を取れる立場で人選し、私は、読み取り役として魔が入らないように一番後ろで見守る役目に徹しました。

行き先や順番や宿や食事の細かい場所も全て祭祀役である関西神男に任せたので、私は一切、事前に調べず、神が私達を使って思うままに動く事と決めていました。

 

翌12月11日朝、男二名と女二名で祓戸四神のひとつで海の神とされている、「速秋津比売神 (ハヤアキツヒメ)」を祀る松江市の「売布神社(めふじんじゃ)」に参拝しました。

右手から強い霊気を発している「恵比寿神」にご挨拶してみるると、男神に黒の朱塗りの宝箱、一人の巫女に赤い着物、もう一人の巫女に赤い血の玉を、そして、私には知恵と神の規律を書いた巻物を下さいました。

男神の箱の中身は、全ての神事が終わったあとに治めるもっとも重要な書物が入るようです。

次に、本殿右手にある「和田津見社」にご挨拶すると、「あなたはここで守りなさい、と言われました」とだけ言われ、九州から連れて来られた神巫女が申し訳なさそうにメッセージを伝えてくれました。

もともと「和田津見の神」は、安曇一族が福岡県の志賀海神社に綿津見の神(海の神)として祀っていたものですが、なぜ、本殿の左手に祀られているのかは、本殿の後ろで封印のように祀られている「金毘羅神社と船魂(ふなたま)神社」のメッセージで、わかりました。

本殿の真後ろで守る社は、とても大事な意味を持っています。

これは民族的な思いが関係しているかので気をつけなければいけない事ですが、神社を参拝する時は、本殿に対してどういう位置にどんな神を置いているか全て意味があり、守る=封印の意味にもなっていると覚えておいて下さい。

 

◯金毘羅神社のメッセージ

事代主(ことしろぬし)、賜りますれば、「この地、納め守りいたしませ」と言われ、この地の民引き連れ、この地までやってきましたが、「ごく、納め賜り守れ」と言われ、続き、ここにおりまする。

この地、納めし者たちの役目、流れ、それぞれの思い、まだ数多くありますがゆえに、よく理解し、船神と共に合わせ賜いて、お運び賜いて下さいませ。よろしくお願いいたします。

(吉岡の解説)

「事代主に守りなさい」と何かを引き換えに言われて、一団を連れてここに来たら、こういう守り役になってしまったと言っていますし、ちょっと本望ではない感じが伝わってきました。

多分、この一団は四国の、ある大きな民族だと思います。

何かの話しの流れなのだろうけど、事代主に言われて、「はい」と受け入れる関係が、なぜあるのか?が、テーマになりますね。

日本神話の国譲りでおかしいと感じるところは、大国主が長男(事代主)に国譲りを任せるとイエスと言い、次男(タケミナカタ)はノーと言い、諏訪まで逃げたと書かれている点です。

その長男(事代主)に言われたと言っている巫女との関係は、四国の民との繋がりが強いという意味になります。

そうでなければ、四国から一団は連れて来ないはずですからね。

でも、脅したわけでないようなので・・・

「船神神社」のほうが力が大きいので、詳しいことは向こうが知っているかもしれないので聞いてみましょう!

 

◯船霊神社のメッセージ

わしらが言うことではないが、多くの民が運ばれたというべきかな・・・。

「船霊」とは、「船魂運びし時、そこに座る思いを断ち切らねばならぬ」という意識もあれば、大切な命を守り運ぶからこそ、命の乗り物という意味もある。

そして、それが神を運んだという言い方もあれば、その船の争いで勝った方が、相手の船を分捕ることができるという意味もある。

全ての弔いの思いを含め、この船霊神社をお祀りたもうてございます。よろしくお願いいたします。

 

(吉岡)

微妙だなあ・・・。

最初に言った意味は、船で出かける時に家族を置いて行くので、そういういろんな思いを断ち切るひとつの神場として「船霊」は必要だという意味と、船は大切な人を乗せて命を運ぶという意味があると言っています。

しかし、船は戦いの道具にもなるので、相手の船も分捕るし、相手の魂も奪うという力を持っている意味があります。

全ての船の神力というのは、ただの安全な航海を守るだけではなく、いろんな意味と目的を持って運んでいるからこそ、「船霊(ふなたま)」と名付けていますし、船をひとつの生き物として扱っている意味があります。

天皇を運んだりもしているし、そういう大事な意味を含めて、「船魂神社」という意味があるのでしょうね。まず、そのことを教えてくれています。

もうひとつ、船で亡くなった人たちや争った相手のいろんな思いを束ねて祀る社を、四国の「金毘羅神」と対で裏に置くという意味は、絶対に、四国との戦いがあったという意味になりますね。

そして、これだけ強い神をおく意味は、そうとうの数の人が死んだということにもなります。

出雲国が、攻めて制圧したのかもしれないなあ・・・。そして、最後に、何か事代主が条件を出したのかもしれない。それが、すごくしっくりきますね。そうでなければ、こういう祀り方をする意味がわからない。

「和田津見社」の話しを考えてみてもそうでしょ。九州のワダツミは、本殿の左方祀りなので、位置としては位が高いんですよ。

本殿に向かって、1左、2右、3前、4後ろの順番で神の座の位は決まっています。後ろに社を置く意味は、「大事な事を隠す」という意味もあります。どっちにしても、絶対に表に出してはいけない思いがあると判断するべきでしょうね。

その思いを「速秋津比売神 (ハヤアキツヒメ)」は背負ってるし、相当、四国の方たちが亡くなっているのでしょう。

九州とは多分、良い関係で、逆に、力を借りたんだと思うな・・・、だから、和田津見社はあそこに配置しているのです。神をどこに置くかで全く意味が違うよね、やっぱり。三河国の一宮だと「恵比寿」が本殿の左側にあって、デカさと神力がすごかったのが印象的です。

「恵比寿神」は、本来は、化け物ぐらいデカい神力がありますし、すごいですよ、怒った時の顔は・・・魔物のような一面を持っています。

つまり、裏と表の両方の力を持っているからこそ、反対(裏・陰・闇)の力も動かせるのです。

神社の配置で、強い神をどこに置くかが、すごく難しいんです。恵比寿神の社は、お宮の造り方も違うし、ちょっと別格扱いです。恵比寿神は、本来、中国大陸系の力だと思ったほうがいいですよ、それも相当強い力。

ここまで神社の中で説明しても何も思いが体に乗ってこなかったので、一旦、神社を出て、喫茶店で売布神社の意味を話し合うことにしました。

※私が神社内で話す言葉がもし神の思いと違うならば、必ず、体にカカリが来るのですぐ分かるからです。

喫茶店でネット情報を調べてみると、もともと「売布(めふ)神社」は宍道湖の西に祀っていたという事がわかり、西は一番強い方角なので、そこに神社を置くという意味は、宍道湖の守り神だったということがわかりました。

「宍道湖を神場として守っていた一団がいた」ということが、前提です。

多分、後から入った方々の力を含めて、トップの序列が変わった為に、「売布(めふ)神社」の神の座を変えたほうが良いという話しになったのではないでしょうか?

実は、もともと宍道湖は「神鏡の湖」なのです。

理由は、海水と真水が入って一番神が生まれる場所だからこそ、陰陽和合の命の産み出しができる一番、神高い場所なのです。

ということは、たぶん、四国と九州に関わる強力な神巫女が、宍道湖のあたりで祀られていたはずです。そして、あとから入ってきた勢力に押されて、「事代主に言われて動いた」と言っていましたよね。

事代主は、国譲りですぐにイエスを出したと言われていますが、なぜ、イエスを出したのか?

(祭祀役の男神)脅されていたからですか?

日本神話では、国譲りを大国主が決めきれなかったから息子二人に託して、長男は受け入れる、次男は駄々をこねたと書かれていますが、なぜ、事代主だけイエスとすんなり言えたのか・・・。

最初は受け入れざるをえない大きな力だったからとか、戦ってもきっと負けるだろうということを前提に考えたうえで、賢く判断をしたのではないかと思ったけれど、弟は感情的に嫌だと言い、諏訪まで追われたと言われているし、どうも、それだけではしっくりこないんですよ。

出雲の重要な三名の神役目、大国主と事代主とタケミナカタの神話のポジションは何を意味しているのか?

この三人が、もし、親子でも、兄弟でもなかったとした場合、事代主が四国までを制圧してた王という見方で、タケミナカタは、多分、戦った相手の部族だったとしたら・・・

日本神話では「出雲の国譲り」と書いていますが、実は、出雲だけではなく、このあたり一体の中四国、九州、島根全体の民族について、ひとまとめにして書かれていると思ったほうが良いですよ。

もし、事代主が、四国一円を制圧した人だとしたら、その人に言われたのなら神も巫女もあらゆるものが動きます。

ということは、タケミナカタは違う領土を持っていた人だという意味になります。

 

問題は、大国主が何か、誰なのかという点です。

2013年3月に行った北九州神事で、歴史に隠された九州の一部の事実はブログに出ましたが、全部、日本神話に絡んでいるので、わかった事実だけを出すと大変なことになるので、まだ、全ての真実は公開はしていません。

その理由は、天皇家の血筋まで影響を与えてしまうからです。

 

北九州神事の時に、大国主の名前や意味もわかりましたが、この名前の扱いはとても複雑なのです。

この事実を今回の神事で、本当に触って良いものかどうか・・・

九州神事を一緒に行った巫女に許可を出してもらえるならば、当時、わかったサニワの内容を教えましょう。

この部分は、いっぺんに触ると、九州に隠された神々の全ての思いが、全部一斉に動き出すからこそ、扱いが重要なのです。

でもやっぱり、事代主に関しては、先ほどの判断が正しいと感じます。

いえ、絶対に、そうだと思います。

そうでなければ、「金毘羅神」が、あんな言い方する訳がないからです。

あそこに祀られている神たちは完全に神巫女でしたし、二人の神巫女に左と後ろで話せないようにしているので、ここから、速秋津比売神に、直接、アクセスして聞いてみましょう!

※神社の中は封印が有る為、全てを話せないようになっているからです。

 

<速秋津比売神との霊視対話の内容>

(吉岡)もともと宍道湖の西にあったという場所でお働きになっていたという時代は、どういう役目でお働きになっていたのでしょうか?

(速秋津比売の言葉)

宍道湖の周りの神々を守るという意味と、そこに住む人たちを守るという意味であります。

(吉岡)あなたを祭神とする一団はどのような部族なんですか?

・・・・・・

(吉岡)後ろの方がしゃべらせないみたいです。後ろの方、しゃべらせないようにしている方は誰ですか?

・・・・・・・・・・・・ うわ、ややこしい~、これはややこしいわ。

簡単に言うと、あの後ろに置いている「金毘羅神」を人質にとっていると言った方がいい、だから、余計にしゃべれない。脅しの手を何段にもかけているわ・・・。

(吉岡)事代主との関係を色々と金毘羅に教えて頂きました。それは、事代主が、四国、及び、この地域の平定をしていた王としていたという判断でよろしいでしょうか?

(速秋津比売神 )よく知りませんが、四国についてはそうだったようですね。

(吉岡)四国の王だったという意味でしょうか?

(速秋津比売神 )そういう意味になりますか。わたしどもは、そのことを公に言える立場にはなく、そのことを言えばたくさんの者たちの魂が焼かれてしまうので言えません。そのことだけはわかって下さいませ。よろしくお願いします。

そうか、事代主が四国の王だったことは、これではっきりしました。強力な神巫女だからこそ、巫女達の御霊を守っているんだ。それと、他の四国を守っていた神巫女たちを含め、全部の神巫女が人質に取られているんだ。これ以上、「速秋津比売神」に言わせるのは無理だ、「事代主」に、直接、聞かないと・・・。

でも、ひとつだけはっきりしたことは・・・

事代主は、四国の王であり、大国主の子供ではない!

ということが判明しました。

全ての思いを愛に変えると決断して、神事を続けます。

つづく



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