【労働組合】国会議員と本気で喧嘩した体験 3
アホな国会議員とゴタゴタがあった2年後、北海道の「スーパーバイザー」として真面目に仕事をしていたのに、急に、日本全国第二位の売上がある「関東地区のスーパーバイザー」として本州に「転勤命令」が出ました。
やっと、落ち着いて仕事ができて楽しくなってきたのに、一度は、「会社を辞める」と上司に言いましたが、欠員を埋めないと「俺の評価が下がる」と泣きが入り、仕方なく行くことにしました。
「35歳のスーパーバイザーは日本中で一番若い!」と有名になりましたが、私の性格上、理不尽な上司にはバリバリ反抗しますので直上司の評価は悪いですが、仕事の成績も仲間の評価も高く、翌年、すぐに本社のバイヤーをサポートする「マーチャンバイザー(MD)」になり、浜松町にある巨大な「軍艦ビル」と呼ばれた本社勤務になり、出世街道をまっしぐらでした。
そんな中、昔の組合の知り合いから「会社の裏情報」を全て聞き出して現状を知った時、この会社は必ず、数年後に潰れるとわかったので、37歳の時に自主退職しました。
「送別会は必要ありません」と、元上司や同僚たちに言った理由は、みんな自分のことで精一杯の家庭持ちの40代、50代のスーパーバイザーやバイヤーばかりだったからです。
会社のサラリーマンとは、こういうものなのだと思いましたが、私の性には合わないので二度と、サラリーマンはやらないと決めました。
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本州に転勤命令が出て、北海道を去る前に、いつ戻れるかわからないと思ったので、一人でススキノへ行き、普通の居酒屋に入ろうと店を探していると、ある長身の黒スーツを着た「呼び込み」の男が近づいてきました。
ススキノの呼び込みは、全員、男も女も、組事務所の下っ端組員か、その下にいるチンピラですので、また、イチャモンを言いたいのかと身を構えました。
あのう、すいません。
もしかして、あなたは、元スーパーにいた吉岡さんですよね?
ご無沙汰しています。私の顔、わかりますか?
僕は「普通のサラリーマン」なので、あんたみたいなスジモノ(ヤクザ)に知り合いはいませんよ!
早く、離れて下さい!
いやあ、まいったな、「よそ者」扱いですか・・・。
一緒に、警察とも戦ったし、他の組の抗争にも力を貸したのに、忘れられたんだあ・・・。
俺、寂しいなあ・・・。
え!待てよ!
あの組抗争の時と、銃の発砲事件の時に警察と揉めた中に、あんた、いたのか?
いましたよ!
何人も、ボコボコにしてやったのに、お褒めの言葉はないし、酒もご馳走してもらえなかったので、みんなで悔しいと言ってたんですよ!
そりゃあ、スマンスマン!
あの時、「はじめ組」に電話しただけなのに、10名も来たから、どこの組が応援に来たのかと思ったけど、お前、いたのか・・・すまんかったなあ。
あとで、酔っ払った警察官が出てきた時に聞いたので、事情は全て分かりましたが、「1杯の盃」を貰いたいとみんな言ってたんですよ!
だから何度も言うが、俺は「普通のサラリーマン」だって!
自分の組は持ってないし、組員は一人もいないんだぞ!
あの事件のあと、手打ちになったはずの本州の〇〇組がススキノに入ってきて、いくつもの組の組長は撃たれたし、ススキノの半分くらいは、もう〇〇組の傘下になったので、「はじめ組」の組長も今は、身を隠しています。
あの人を殺せば、ススキノは全て〇〇組の傘下に入りますので。
そうなのか、大変だったなあ。
俺には何もできないが、お前たち組員は、生き残れよ!
人生は、綺麗事では生きていけないので、妻や子供のためには、どんな手でも使って生き残れよ!じゃあな!
兄貴!待って下さい!!!!
今日、会えたお礼と言っちゃあなんですが、今日は、俺の店で飲んで行って下さい!お願いします!
俺たちススキノの組員は、全員、「はじめ組」の組長には恩があるので何かあったら、命をかけて守る覚悟があるのに、あの事件のあと、組長はぐったり体調を崩してしばらく病院にいたんです。
たくさんの組員がお見舞いに行くと病院が驚くので、毎日、一つの組の代表だけ顔を見に行きました。
そしたら、最後に、こう言うんです。
俺はいつかは死ぬか、殺される。
その時は、「あの吉岡」に頼めよ!
あいつに頼めば、組の一つや二つ回せるはずだし、頭がいいので、きっとシノギ(仕事)もキッチとできる奴だ。
俺の組の組員にはならんと思うが、吉岡が「組」を立ち上げた時に誰が部下になるのか、その名簿を作ってくれ!!l
この吉岡の写真をコピーして、ススキノの全ての組員、一人一人に本人の意思を確認してリストを作ってくれ!
これがアイツに渡せる「冥土の土産」だから、頼むな!
と言われたんですよ!俺、悲しくて涙が止まらなかったんです。
だからススキノ中の全ての組員に一人づつ意思を確認して、「血判書」を作りました。これです!
今現在で60名はいますし、〇〇組の傘下に入った組員も半分くらいは署名しています。
これ全部、あなたの組員です!
だから、いつでも声をかけて下さい!
このススキノのシマ(縄張り)をどうか、あなたの手で地元の人間に取り戻して下さい!お願いします!
ビシッと、スーツを着たお兄さんが、コンクリートの道路の真ん中で、私の前で土下座しました。
すると、他の場所で呼び込みしていた組員たちも一斉に集まってきて、私の前で土下座をしました。
その数、30名以上。
もう、無理です。コイツらのまっすぐさに心を打たれたので、オススメのスナックでゆっくり昔のお礼を聞くことにしましたが、一人、一人から話を聞くたびに、
「兄貴!どうにか、組を立ち上げて下さい!
俺!死んでもいいから、この北海道で死にたいんです!!お願いします!」
と叫ぶんです。もう、嬉しくて涙が溢れました。
熱くて単純な男たちの「本気」は、日本を裏で支えてくれている「ヤクザ」たちなのです。
世の中には、皆さんに綺麗な部分だけを見せていますが、ほんとんどの企業も、政治家も、宗教家も、「ヤクザ」につながっている事実は、今も変わりません。
そのことを知る者だけが、「コネクション方法」を知っている人間なのです。
組員全員の話を聞いたあと、最初の男が改めてお願いがあると、土下座しました。
「すぐには組は作れないぞ!
俺は、これから東京に転勤するんだ!」
と言うと、「一つだけ頼み事」をされました。
なんと!あの私が認めた「参議院の国会議員」が、あのあと、何度もススキノにやってきて、いろんな政治家と一緒に、タダ酒を飲んで帰ったと聞かされました。
今は、シノギ(仕事)が回ってないので、どの店も大変なのに、あのバカ政治家は、「吉岡さんの命令だ」と嘘をついて、「タダで酒を飲ませろ!」と叫ぶんです。
私たちは何度もアイツにヤキを入れようとしましたが「はじめ組の組長」が、
「何も言うな!何もするな!
これもあの吉岡の実力だ!
俺は嬉しいぞ!
バカな国会議員はいつでも殺せるが、吉岡みたいな人間はそうそういないから、絶対にお前たちは手を出すなよ!」
と言い残して消えたんです。
だから、俺たち組員は、いつもあなたを探していたし、あの時、もらったこのあなたを白黒写真を全員、肌身は出さず持っています!これです!
手にした写真は、ボロボロですが、「俺と、はじめ組の組長と、綺麗なお姉ちゃん」とが映ったたった1枚の写真を引き延ばして、組員に渡したようで、もう、写真を持つ手が震えて泣けました。
「はじめ組の組長」は、自殺したのか、とんずらしたのか分かりませんので霊視してみると、どこかで次の手を考えて隠れているのがわかり安心しました。
「今、このススキノはほとんどは山〇組の傘下か?」
と聞くと、「頑張って上納金を納めて組の名前を守っている組もあります」と教えてくれました。
俺が死ぬ前に、本気でやらなければいけない時期が来たら、上手に手をうって、組を立ち上げることもありかと思った時期でした。
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この後、あのバカな国会議員に、すぐに電話して、
「お前、二度と俺の名前は使うなよ!
もし、どこかでそんな噂を聞いたら、どこにいてもすぐヒットマンを送って殺すからな!
お前の大好きな親父も一緒に殺して、海に埋めてやるから覚えておけよ!」
と言って電話を切りました。
あれから30年、私はあまり、ススキノには行きません。
今でも遠くから私に頭を下げる黒服がいるので・・・・。
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奴が最後に言った言葉が、今も忘れられません。
兄貴が殺したいほど憎い奴がいたら、いつでも電話下さい。
絶対に、跡形も残さず、家族もろとも、消し去ります。
あなたのご命令なら、全員、命をかけますので、どうか、いつか、組の再建をお願いします。
こう言われてから、東京へ転勤し、37歳で会社を辞めて自営業をはじめました。
裏も表もない性格の私が生きてきた道は、戦時中の特攻隊と同じ「日本人魂の生き残り」であり、国を守るために命をかけている自衛隊の人たちの思いと同じです。
もし、日本を侵略する国があれば「自衛隊」が命をかけるでしょうし、その次には、自衛隊を辞めた「自衛隊予備軍」の人たちが銃を持って戦います。
その後に、庶民を守るために銃で人を殺せるのは、「ヤクザ」しかいないのです。
「ヤクザ」の良し悪しは色々ありますが、ヤクザにも家族がいて、皆さんの子供と同じ学校に通い、普通に仕事をしているのです。
日本中に、ロシアンマフィアや、中国マフィアや香港シンジケートの人間が入り込んでいることを一般庶民は知りません。
だからこそ、外国のヤクザがやって来て「裏社会」を仕切ろうとしているのを止められるのは、日本のヤクザしかいないのです。
そして、彼らが守りたいのも、この「日本」なのです!
戦後、焼け野原の東京や大阪の治安を納めたのは警察ではなく、国、つまり、総理大臣に頼まれて動いた〇〇組の3代目の組長命令で動いた「ヤクザ」たちだったのです。
阪神大震災の時も、東日本大地震の時も、一番最初に現地へ入って、食べ物を配り、子供たちの命を守ったのが「ヤクザ」だとは、誰も知りません。
マスコミは、そのことを知っていても、表に出してはいけない「政治規制」があったので、常に、マスコミは、「全ての真実を出してはいけない仕事」なのです。
公務員や民間企業みたいな「甘っちょろい命令」では誰も命をかけないからこそ、ヤクザたちは命をかけて命令を遂行する覚悟を持っています。
皆さんが大嫌いな「ヤクザ」には、そういう一面があることも覚えておいて下さい。
表社会の「嘘偽り」にうんざりしていた30代の頃に、世の中の裏の裏の裏まで知る経験をたくさんしましたが、私は日本を守るためなら、何でもやる覚悟で頑張っています!