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北海道を占めていた暴走族の裏バン 4 出勤7日目

ゲンコツの「喧嘩禁止命令」を出した新入社員は、意外と真面目に働くので、毎日、腹一杯、飯を食わせることと、ビールを飲ませながら人生で大事なことを教えてやりました。

「上下関係の厳しさ」は、暴走族で覚えたようで問題ないですが、いかんせん、「普通のサラリーマン」がどういうものかを全くわかっていないので、一から十まで全て教えました。

年上の人への対応方法、年下の人への対応方法、上司部下への対応方法、知らないに出会った時の話し方と挨拶、お小遣い帳をつけて貯金する方法、将来を考えたお金のため型と使い方、生命保険や自動車保険、税金の仕組みと意味と、人生設計の作り方などです。

私は自分の「部下」を大事にしますので、時には、部下を全員連れて飲みに行くし、年に2回のボーナス時期は、パートさんとアルバイトを全員連れて、社員でお金を出してご馳走し、わずかですがボーナスもプレゼントし、普段、言えないうっぷんを吐き出してもらいながら、社員は「芸妓」に徹して一人づつ芸を見せて笑わせました。

だから私は、部下の教育は全て「自分流」で教えているので、人事課の面倒臭い「教育マニュアル」なんて一切、読みません。

たまに本社の人事課長が巡回しにきて、私の「新入社員」と面接しますが、あまりに素直に対応するので、教育課長からも

「普通のマニュアルよりも吉岡の指導のほうが効果がある」ので、あなたも吉岡から学びなさい」と、お店の「教育課担当課長」が言われて落ち込んでいました。

仕事ができない年上だったので、仕方なく、「教育担当課長」という他の店にはいない役職になったのに、何も教えることができないので、この人のほうが問題だと感じていると、本人の口からこう言われました。

教育担当課長

俺はどこのお店に行っても、人間関係で揉めるし、行くところがない時に、この店の店長が俺をもらってくれたんだ。

 

まだ子供も小さいし、妻もパートしているが、情けないことに過去に遊びすぎた借金が大きくて、この会社を首になったら、俺、首を括って生命保険で払うしかないんだ・・・。

 

だからよ、吉岡!

 

俺を本州へ飛ばすのだけはやめてくれな!

 

頼む!頼む!頼むぞ!!!!

情けない男だと思いましたが、家族もいるし、まだ、やる気もあるので、私が教育担当課長のバックアップをすることにしました。

店長から命令されたことをそのまま部下に言うのはやめることと、人に合わせて状況を見ながら指導するコツを教えてあげました。

人は誰だって「頭ごなし」に言われると頭に来ますが、本人にとってメリットがあると思えば、忙しくても時間は作りますので、一声かける時に、「お前が得することだから聞いてくれないか?」と言うようにさせました。

すると、他のマネージャーたちも急に態度を変えて、教育担当課長の言葉通りに、動くようになったのです。

店長からは、「お前が裏で動かしているんだろう?」と言われましたが、決してそんなことはないと言い張りました。

「お店のルール」はわかりますが、転勤すれば、店長のやり方はそれぞれ違うので、従業員は、いつも「臨機応変に対応できる人間」に育てないと、お客様はいつも気まぐれだし、言葉ひとつでクレームになることもあることを部下全員に徹底したので、うちの課で、「解決できないクレーム」はありませんでした。

だからよく、「責任者をだせ!」とか、「店長をだせ!」という相当イラついたお客様でも、綺麗に問題を解決できる対応策をアルバイトも含めて部下全員に教えました。

パートのおばちゃんも、学生アルバイト全員にも、

どんなクレームでも「相手の立場」になって考えなさい!

それでもわからない時は、わかるまでお客様の思いを聞き続けなさい!

怒られても文句を言われても、絶対に口答えはしないこと!

「それが仕事だ」と教えていました。

どうしても頭に来た時は、バックルームにサンドバック代わりの「段ボール箱」を用意して、中身にギッシリ、ダンボールを詰めて、「うっぷん晴らし箱」と書いておきました。

この「うっぷん晴らし箱」を殴る蹴るは、誰がやってもいいルールにしましたし、蹴りすぎて、もし、箱が壊れたら、次の人のために修理することを「決まり」にしたので、もう、全員が毎日、スッキリして仕事ができました。

家庭の問題でイラついているパートさんは、朝から思いっきり「うっぷん晴らし箱」を蹴り付けているし、娘・息子の嫁とトラブルになっている母親は、「もう、こんちくしょう!」と言いながら、思いっきり箱を蹴り飛ばしていました。

朝の朝礼が終わり、自分の売り場の清掃が終わると、順番に並んで「うっぷん晴らし箱」を蹴り付けるパートさんが毎日いるので、本当に家庭の主婦は大変だと思いました。

他の課でも、同じようなクレームが起きる時もよくあるし、上司部下でイラつくこともあるので、「うっぷん晴らし箱」を全員のマネージャーたちにも教えて、全ての課のバックルームに「うっぷん晴らし箱」を私が設置しました。

ダンボールは、日用品が一番多く出すので、毎日、巡回してみると、「そんなものうちにはいらない!」と言ったマネージャーの部下たちほど、思いっきり、箱が壊れていたので笑えました。

・・・・・・・・・・

私が休みの時は、「他のマネージャーたちが解決できないクレームにも力を貸しなさい!」と部下全員に教えたので、うちの従業員たち全員は、あちこちの売り場に行ったり来たりしながら、お店全体の問題を解決していました。

当然、その様子を見ていた店長は、私の部下を褒めますが、私は一言、こうお願いしました。

アマミカムイ
アマミカムイ

店長、いつも私の部下の行動を褒めて下さり、ありがとうございます。

 

でも、今日を最後に、もう「うちの部下」を褒めるのをやめて下さい。

 

他の課のパートさんが嫌がらせや、陰口を言いふらしているのが聞こえてきたので、褒めるのは私がやりますので、店長は見て見ぬふりをしていて下さい。

 

もし、本気で褒めてあげたいパートさんがいたら、人事課長に行って、時給を少しあげて下さい。

 

私もパートさんも、それが一番、嬉しいので、よろしくお願いします。

お店全体の問題も、クレームも減って、とても良い店になったのに、ある日、大きな問題がおきました。

いつも遅刻しない新入社員が、朝礼に遅れて来たのです。

10時の開店ギリギリに、やってきた姿を見て、びっくり!

ワイシャツは血だらけで、ボロボロだし、スーツもズボンも破れていました。

すぐに、ワイシャツ売り場に行かせてYシャツを買って着せてやり、スーツとズボンは、衣料品の補修のおじさんに縫い直してもらいました。

パンツ1丁になった新入社員は、言い訳をしたくないらしく、「もう、今日で私を首にして下さい」と言い続けいました。

やっと、事情を詳しく聞いてみると、通勤電車から降りる時に、足をわざとかけられて、転倒したそうです。

その時、スーツが破れたので、その「修理代金を払え」と言ったあと、五人の相手が一気に殴りにきたので、全員、ボコボコにしたやりました、と言いました。

新入社員

あのYシャツの血は、相手の顔から出た返り血で、俺は1発も顔は殴られてません。

 

顔は、接客業の顔なので、殴らせるわけにはいかないからです。

体は小さいのに、本当に喧嘩が強いのはわかりましたが、絶対に、相手がまた、「し返し」に来るので、「その覚悟はしておけ!」と言ってから、会社に予備のスーツとワイシャツを置いておけというと、そんな金はありません!と言います。

会社からもらったお金は、全て母親に送っているそうで、自分が食べるご飯代も残さず、全て送るバカなので、一日1000円の弁当代を毎日、あげ続けました。

これは、上司として当然のことだからこそ、家に戻ってから自分で「おむすび」をいくつも作って、毎日、家に帰ってから食べれるように、お茶漬けとインスタント味噌汁も渡しました。

自分の部下は、親と子供と同じなので、私は、「当然のこと」をしたまでです。

数日後、やっぱり、やり返されたみたいで、お昼近くになってから、また、ボロボロの姿で会社にやってきました。

相手の人数は、十二人、それを全員、叩きのめすのに時間がかかったと言っていました。

メンズの社員から返品できないスーツを安く1万円の処分価格で買って、ワイシャツもサンプルでもらったものを縫製のオジサンに頼んで短くしてもらい、数枚、ロッカーに入れておいたので、着替えさせました。

スーツの襟についている「社員章」で会社がばれることを予想して、店長と人事課に電話しておき、最悪の場合を考えて、ヤクザの知り合いにも連絡しておきました。

「さすがヤクザ!」と思ったのは、私が朝の地下鉄を降りると、あの「はじめ組のNO2」が柱の影に立っているし、他にも数名、札幌の地下鉄の出勤ラッシュと帰りのラッシュに、黒服の「筋もの軍団」が柱の影で見張って、私が渡した部下の顔写真を見て守ってくれました。

当時の会社のコミュニケーションは、「飲みにケーション」と呼ばれたほど、どこの会社の上司も大事な部下を連れて飲みに来ていた時代です。

当時の私は、会社の部下たちを連れて飲みながら仕事のアドバイスをしたり、若い女の子の異性問題、結婚問題、家庭問題の相談に乗り、そのあと、銀行や企業の社長たちの相談にのりながら、ヤクザの組関係の問題の処理という「四つの仕事」に加えて、労働組合の仕事もこなしながら、何とかサラリーマン生活を続けていました。

私の個人的な全ての出会いと体験を公開している理由は、自分のためではなく、皆さんの子供たちが将来に向けて「必要な視点」を学んで欲しいからこそ、お伝えしています。

どうか、自分の息子の彼女や娘の交際相手かもしれないと思って私の体験から学んで下さい。

30年経っても、決して、日本は平和ではないのです。

平和ボケした皆さんよ、さようなら!

 

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