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  4. 岡本太郎と篠山紀信に会いました。

岡本太郎と篠山紀信に会いました。

1970年に大阪府吹田市で開催された「大阪万博」のシンボルタワーの「太陽の塔」を作ったの「岡本太郎」に会えたキッカケは「芸能人年間」のおかげですが、北海道の美味しいスイーツのお土産を持ってご挨拶に行きました。

自宅を訪ねてみると、岡本太郎の秘書であり、養女でもある事実婚の関係にあった岡本敏子さんに挨拶すると、「いつもの工房にいるので静かに入って挨拶して下さい」と言われました。

「岡本太郎」は、1970年に大阪府吹田市で開催された日本万国博覧会のテーマ館の一部として建造され、万博終了後も引き続き「万博記念公園」に残された「太陽の塔」のデザイナーで、2018年度グッドデザイン賞受賞したので有名な芸術家です。

芸術家なので気難しいかと思うと、お土産の甘い物が大好きだと言うことでいろんな話をさせてもらいました。

岡本太郎:君は「太陽の塔」を見てどう思った?

あの「太陽の塔」のアートの意味がわかりません。

もっとわかりやすいほうが子供達が喜ぶのに・・・。

「上の顔」は鳥の顔みたいでボーとしているし、「下の顔」は親に怒られて、心がいじけている子供の顔みたいなので、もっと優しい顔がいいと思いました。

 

と素直に言いましたが、芸術家はプライドが高いので怒られるかと思うとこう言われました。

 

岡本太郎:じゃあ、君ならどこをどう直すと子供が喜ぶのかを自分で作って見せてみなさい。

ここにある道具を好きに使っていいので、やりたいようにやっていいぞ。

壊してもいいし、自由にしていいぞ。

 

「小さな模型の太陽の塔」を見せられたので、しばらく眺めて瞑想していると、温かい紅茶を淹れるために岡本太郎は部屋を出て行きました。

粘土があったので自分で似たような太陽の塔を作り、表の顔は作らずに、筆で自分の好きな赤色を塗って宇宙から見ている「太陽のお母さんの顔」をイメージして絵を描きました。

紅茶を淹れてくれた岡本太郎は、しばらく私の絵を見て、「この顔が優しい子供が喜ぶ顔か?」と聞かれたのでこう答えました。

 

子供は誰しも自由な発想をしますが、「一番怖いのはお母さん」だし、普段は笑っているのに怒った時の睨んだ目がとても印象的なので、子供はお母さんの目を見るとほとんど固まってしまいますし、とても印象が強いと思います。

印象派の岡本太郎さんには、ピッタリだと思いますが、いかがですか?

 

岡本太郎さんはじっと私の書いた太陽のお母さんの顔を見て「にらめっこ」していましたので、私は外へ出てタバコを吸ってから戻ると、岡本太郎さんは泣いていました。

どうやら子供の頃にお母さんの「岡本かの子さん」に怒られた記憶を思い出したようです。

お母さんの「岡本かの子さん写真」を見せてもらうと、確かに怖い目をしているのでとても理解できました。

お母さんも「芸術家」だったので、子供に対する接し方がわからず、ずいぶんひどく殴られたと話してくれたので、私も子供の頃の体験談を正直に話すととても驚いて、「俺より酷い体験だな」と言いました。

 

岡本かの子さんは、代々幕府や諸藩の御用達を業としていた豪商の大和屋大貫家の別邸で誕生。

「大貫家」は、神奈川県橘樹郡高津村(現川崎市高津区)二子に居を構える大地主であったので、親から愛情をもらえない体験をしたので気持ちはわかりましたし、「私が日本の武士のトップの吉岡一門の最後の頭領なので日本人の苗字は全て吉岡一門頭領が付けたので意味は分かります。」と初めて教えました。

 

「大貫」という商人の苗字は、大きな下の口を開けて男を咥え込んでいた女がいる家につけた苗字なので、「自分も本当は誰の子供かわからないんだ」と言って膝を抱えて泣き続けていたので、じっと私が書いた絵を見ながら「優しい岡本その子さん」をイメージして「お母さんに撫ぜられているイメージ」を送り続けました。

・・・・・

すると急に岡本太郎さんが泣き止んで「君が今、何か俺にしたのか?」と聞くので、「笑顔のお母さんをイメージしてエネルギーを送りましたが、泣き止んで良かったですね」と言うと、今度は怒り出しました。

 

芸術家は気分が変わると面倒なので、名刺を置いて外でタバコを吸ってきますと言って、そのまま家に帰りました。

 

後日、電話が来て、「君の絵が気に入ったので、太陽の塔の後ろ側に絵を書くので、金は払うので著作権をくれ!」と言われましたが、

「どうぞタダでいいので好きに書いて下さい」

と言うと、「君はきっと篠山紀信にも気に入られると思うので連絡してみなさい」と電話番号を教えてくれました。

 

「変な芸術家同士」ほど通じ合うものがあるのかと思いましたが、良いチャンスなので東京に行く時に電話してから北海道のスイートをお土産にして「篠山紀信事務所」に行きました。

 

「篠山紀信」はいろんな芸能人の裸を写していたので、とても興味がある人でした。

 

篠山紀信に最初は遠慮しましたが、自分が写した写真の感想を聞くので、正直に答えました。

 

写真はとても綺麗ですが、でもなぜか、「男としての欲」をそそられず、「ただ美しい裸体の写真」にしか見えないので、これは篠山紀信先生の意図ですか?

 

そういうと怒り出して、「今夜、撮影があるので、一緒について来なさい」と言うので、普通の知らない女性を口説いてお金を渡して裸の写真を写す場所を探しました。

「女を口説いて裸にする」のは得意のようですが、実は「女に興味はない人」だと、あとでわかりました。

 

夕方、東京の道路の下にある薄暗い通路に歩いてくる女性を捕まえて、

「俺は篠山紀信だ。君の裸を写してあげるのでここで脱ぎなさい。お礼のお金は後でたっぷり渡すから。」と口説いていました。

 

「裸の女」が歩いてくるのをイメージしてカメラをセッティングしてから私に、「自分で写してみなさい」と言うのでシャッターを押したかったですが、「女性の表情に心が無い」ので、少しだけ会話して心を開かせると顔が変わったので、奥の暗闇から裸の女が歩いて来て、いくつものポーズを取るように伝えておいてから、そこでシャッターを切りましたが、世の中には公開されていません。

 

篠山紀信の作品

篠山紀信は撮影した女性とはセックスしないと自分でも言っていたので「芸能人年間」のモデルたちに聞くと「全然セックスしてもいいのに手も握ってくれないの」と不満げでした。

 

ただ、「男のダンサーの写真」だけがとても色気を感じたので、そこで「篠山紀信がホモ」だとわかりましたので連絡先を着信拒否にしました。

 

「宮沢りえは美しい」と何度も「宮沢りえ」を撮影をするたびに私も撮影現場に呼んでくれるので、行ってみるといつも「君がシャッターを押しなさい」と言うので、いろんな芸能人のポージングをして写真を写したので、1990年代からの篠山紀信が移した写真の女性の目の表情が違うことがわかると思います。

 

私は誰からもお金はもらわないので、全てタダでやった仕事なので気にしないで下さい。

 

モデルの女性のお礼はいつも「体の交わり」なので、やはり「芸能界は体を売ってなんぼ」だとよくわかったし、それでファンたちは喜ぶので、グッツが売れてお金が儲かる仕組みなんだとよく分かりました。

 

1991年 Santa Fe 宮沢りえ写真集  

 

1990年台の「宮沢りえとたけしの問題」のあと、「たけし」のせいでボロボロにされた「宮沢りえ」の復活の写真を写したのも私ですが、「たけしが芸能界のシャブの売人なのは有名」なので、いずれ警察に捕まると思います。

売れている女優ほどメンタルがボロボロなので、よくいろんな相談を受けてアドバイスしましたが、それも自分ができることなので、「お互い様」で世の中はうまくいくのです。

 

宮沢りえ 65歳で死去した「りえママ」光子さんへの思い吐露「叩かれていた時期が…」「自慢したい母」

げっそり痩せた「宮沢りえ」を写すのはどうかと思いましたが、彼女は痩せても目が綺麗なので、私が復活のために撮影することになりましたが、彼女の芸能界へのこだわりはプロだと思いました。

日本の歌手も、芸能人も、モデルも全て「自分を売るのが仕事」なので、お金のためならどんなことでもしますし、贅沢を覚えてしまった女が質素に生きることなどできないので、「お金に支配」されてしまう心の弱さがありますが、そういう人間にしたのは「母親の金銭欲の結果」です。

 

芸能界に憧れている若い女の子が多いのでいろんな芸能事務所も多くて呆れますが、一度、足を踏み入れると自分では抜けられない世界なので、真面目に昼間に働いて料理を覚えて結婚して子供を産んで欲しいと思います。

 

2010年に私と一緒に伊豆諸島神事をした「高橋洋子がエバンゲリオンの歌手」だとは知らず、数日間、3人で伊豆諸島神事をしましたが、「巫女舞の気」がすごいので「天照大神そのもの魂」だと分かりました。

【伊豆諸島神事】 三宅島神事

【伊豆諸島神事】 神津島 天上山の祈り

【伊豆諸島神事】 神津島(こうずじま)神事

【伊豆諸島神事】 神津島の神様の思い

【伊豆諸島神事】神事を終えた気づき

 

 

「地球創生神事に参加させて下さい」お願いしたのは高橋洋子本人なので「絶対に男の神事を壊さない契約の土下座」をさせてから許可しました。

伊豆諸島神事は、亡くなった谷浩一君のお願いだったのでやりましたが、伊豆諸島に住むいろんな人間の思いと「神の概念の誤り」もわかり過去の人たちの思いを正しましたが、神歴史のほとんどが間違いだとわかったので、人が迷うのは当然なのです。

 

2010年は高橋洋子は歌手活動を辞めて芸能プロダクションで働いていて、海外の歌手をサポートする仕事で優秀でしたが、事務所の女社長と揉めていたし、「夫との離婚問題」もあったのでいろんな相談に乗りましたが、突然、テレビで見たので驚いて連絡すると、「エバンゲリオンのスタッフからのお願いされたので引き受けた」そうです。

綺麗で頭もいいので、私の知り合いを「声優」にしたいと聞いてみると、「声優も芸能界も綺麗な仕事する人はいないのでボロボロにされるから辞めたほうがいいですよ」と教えてくれました。

 

彼女も芸能界の仕組みが最初はわからず戸惑ったそうですが、エバンゲリオンがすぐに大ヒットしたので余計な仕事は引き受けなかったと教えてくれたし、私の関東の講演会にも親友を連れて聞きに来てくれたいい奴で、「男気の女」なので、今、韓国や中国でコンサートするくらい大人気の歌手です。

 

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